「裕福なウチの犬に生まれたかったなあ」

定食屋で昼ごはんを食べていた。隣に3人組の若い女性陣が座っていて、恋の話で盛り上がっていた。盗み聞きするつもりはなかったけれど、真横のテーブル席にいるので、たとえ耳栓で耳を塞いでも聞こえてきてしまう。3人のうち、甲高い声の女性が、会話の中心となり、話をしていた。

「当時は毎日電話していたよ。話すというより、通話状態にしている感じ。向こうは向こうで何かやっていて、私は私で自分のことをやってる。当時は一人暮らしをはじめたばかりで寂しかったし、毎日電話は苦痛じゃなかった。いまはムリかな〜、帰りの駅から自宅までの時間くらいだったら電話できるかな」

仕事の話もしていたから社会人なりたてくらいの年齢だろうか。30代の女性にはないキャピキャピの雰囲気が感じられる。30代になるということは、そういうキャピキャピが失われていくということだから。

甲高い声の女性は、ひと通り恋愛話を終え、
「お金ほしい〜」とため息と一緒につぶやいていた。

そして他の二人に話を振ることなく、話を続けた。

「私、犬に生まれたかったなあ。ちょっと裕福な家庭の犬に生まれたかったなあ。いい子にしてると『よしよし』って褒められて。生まれ変わったらそういう人生がいいなあ」

友だちは黙って聞いていた。

「ドラマとかで眼鏡をとったら可愛くなるパターンあるじゃん、あんなん、ねーよって思うよね」

友だちは黙って聞いていた。
僕も黙って聞いていた。

世界には二種類の人間がいる。話すことが好きな人と聞くことが好きな人だ。もし話好きの人で世界ができてしまったら、とんでもないことが起きそうだ。二種類の人間が不均等にならないようにバランスよく割り当てられているから、世界は平和でいられるのだろうと僕はこのとき思った。