「私さ、生まれ変わったら桜の木になりたい」

あれは二、三年前の春の季節のことだった。
初めて訪れた土地で感じのいい定食屋に入り、昼食をとっていた。客席の距離は近い。都心のカフェのように瀟洒な音楽もかかっていない。静かで、こじんまりとしたお店だ。

一人で心おだやかに地元の名物料理を食していると、二人組の二十歳前後の女性の話し声が耳に入ってきた。会話の中心はシーズン盛りの花見のことで、そのシチュエーションだけ切り取ればいたってどこにでもある平穏な光景である。「花見行きたいね」「どこ行く?」「マリンも誘う?」と話に花を咲かせていた。花見の予定の話をひと通り終えたあと、窓側に座っていた女性がひと呼吸置いてとつぜん切り出した。

「私さ、生まれ変わったら桜の木になりたい」
「あたしも」ともう一人が同意した。
「一瞬だけでも、みんなに幸せを届けられたらいいよね」
「でも、美しく咲かなかったらどうする?」

その発言のあと、二人は「はあああ」とため息を吐き、両手で頭を抱えていた。

まるで漫画のワンシーンのような自虐的発言と滑稽さにまたたく間に心を奪われ、彼女たちに好感を抱かずにはいられなかった。僕なら、「うん、たくさんの人を幸せにしたいね」と同意するなどして、いい話で終わらせていたと思う。それを、美しく咲かなかった場合を提案して(しかも美しくない桜なんて見たことない)、その恐怖におののいて、がっくり肩を落としている二人をとても可愛らしいなと思った。

そのあと、どこかの観光地に出かけた気もするけれど、その記憶は一切ない。彼女たちの光景の方が僕の頭には残っている。