劇団あおきりみかん 20周年公演「ワード・ロープ」を観に行く。

桜の開花宣言が飛び出した春のはじまりに、会社の同僚に誘われて舞台を見に行った。南山大学の演劇部のOB・OGが立ちあげた「劇団あおきりみかん」という劇団の舞台です(20年もつづいている息の長い劇団)。僕にとって舞台というものはまったく門外漢のジャンルで、これまでに一度だけ、劇団四季の「ライオン・キング」を鑑賞したことがあっただけでしかもそれは「ひどくつまらないもの」として記憶に残り(ファンの方、すみません)、舞台という芸術分野は自分の性分と合わないものだと思っていた。だから、声をかけられたときは戸惑いの色を隠せなかったけど、一方で、有名な劇団でもなく、いわゆる世間的に名の知れた有名人も登場しない、街の小劇場を主戦場とする劇団(なのかな?)に対する好奇心も「どういうものなんだろう?」とぶくぶくと湧いてきた。勝手な先入観だけど、そういう集団(劇団)の存続を突き動かしているエンジンは舞台への愛なのではないかなと推測するし、舞台を愛しつづける劇団員のみなさまが舞台への愛を存分に注ぎ込んだ作品というものは、一体どれほどのエネルギーに満ち溢れている場所なんだろうと興味が湧いた。それにせっかく誘ってもらった手前、無碍に断ることもないよなと思って行ってみることにしたのです。

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東京公演が開催される「池袋シアターグリーンBOX in BOX THEATER」で開演15分前に同僚と合流して中に入ると観客席はほぼほぼ埋まっている。そして空いてる席を見つけて、座るやいなや「わお!」と新鮮に目に映ったのが観客席と舞台までの距離。二つの空間を隔てる境界線はなく、最前列の席で足を伸ばした先がもう舞台のテリトリーなのだ。後楽園ホールでボクシングの試合を観戦したときも、リングと客席の近さに驚いたけど、今回はその比ではないですね。「目と鼻の先」という表現がこれほどしっくりくる場所もあまりないと思う。僕の座った場所は後方の席だったけど、もし最前列だったら、役者の息づかいをもろに感じることができそうだと思った。

舞台は体育館や県民ホールのようなサイドに伸びた長方体の空間ではなく、正方形状の真四角の空間だ。観客席を仮に南の方角だとしたら、東・西・北の壁際には、すでに役者がスタンバイし、息を潜めて待っている。本来、出番の準備をしているはずの舞台袖がむきだしの状態で、観客は始まる前から役者の緊張した面持ちを確認することができるのだ。だから、みんな早い時間帯から入場していたのかもしれない。それから、基本的に役者の方は床に座して待機しているんだけど、北の方角の中心にいた女性だけ、手を腰に据え、仁王立ちのようにでんと立っている。あとでわかったことだが、彼女は川本麻里那さんという本舞台の主役を担っている方だった。精神を集中しているのか、セリフを反芻しているのか、観客を見ているのか、それとも無の境地だったのか。まあ、とにかく開演までじっと立っているのが印象的だった。美しく凜とした眼差しで観客の方を見つめている。

舞台横にスタッフの方が静かに現れ、「本公演は約1時間50分あります。お手洗いに行かれたい方は、いまのうちに済ましていただきますようお願いいたします」と案内する。約1時間50分という尺の長さを聞いて、トイレの心配もよぎったけど、それよりも途中で寝ずにエンディングまで見通すことができるかなという不安が頭の中を覆いつくす。映画を鑑賞する場合、ストーリーの中盤あたりで、悪癖のようにうとうとと眠りの世界に誘われてしまう僕にとって(ほんとにおもしろい映画は別ですが、そういう映画に当たることは年に数本しかない)、大丈夫だろうかといささか心配になってしまった。誘われた手前、つまらなそうな態度はできる限り避けたいのが心情である。だが、「オレ、寝るなよ」と強い意思を持ってしても、睡眠という本能的欲求に逆らうことはなかなか難しく、気を張っても眠ってしまうことがこれまでもさまざまな場面で多々あった。どうか面白くあってくれ、と僕は心の中で両手を合わせてお願いをする。

軽快なジャズ調のミュージックとともに(素晴らしい曲だった。公演後、調べたら倉橋ヨエコさんの「卵とじ」という曲だとわかった)、開演し、物語がはじまる。話の筋は、なかなか複雑で、未来からやってきた娘と対面する父、中学時代の友人と埋めたタイムカプセルを20年ぶりに掘り起こす父、母の、父の友人たちに対する嫉妬、タイムスリップの発明、世界の崩壊、といったいくつかの筋が入り乱れ、しかも年代がいったりきたりするのではじめのうちはストーリーを追うので精一杯。ただ、決してつまらないわけではなく、むしろだんだん前のめりになって見入っていた。心配していた睡眠現象もいっさい起きず(よかった)、後半に差し掛かると、さまざまな伏線が回収され、さいごに一つの点に収束したのはお見事としか言いようがなかった。なんとなく伊坂幸太郎テイストの伏線回収の味を感じる。

以下、ストーリーのほかにおもしろいと思った点

1)出番待ちの役者がモノローグを口述
モノローグは、本人が発するのではなく、舞台袖で待つ出番のない役者がみんなで声をそろえて発する。たとえば「リリカはお父さんを救いたかった」というモノローグを舞台袖の役者が全員で口にする。

2)重要な言葉はセリフにかぶせる
「母さんは、中学時代の友だちに嫉妬していた」というセリフがあったとして、「中学時代の友だちに嫉妬していた」という部分を強調したいとき、まずこのセリフを発言する役者が「母さんは」の部分を言い出し、「中学時代の友だちに嫉妬していた」という下の句を舞台袖のみんなと合わせて発声する。タイミングがピタリとあうのも、いったいどれほどの練習を重ねたんだろうと一驚したし、それ以上に、こういう強調の仕方はなるほどなと思った。テキスト(セリフ)の太字部分のおもしろい読み方だった。

3)「過去を懐かしむのって、勝ち組の行動だよね」
ある人物のセリフなんだけど、劇中でいちばん心に残った言葉。彼女は中学時代、クラスからのけ者にされた、ひとりぼっちのキャラクターで、そんな彼女が発したセリフ。発見と共感のある言葉だと思った。

4)話すスピードの早さ
マシンガンのようにセリフがぽんぽんと飛び交う。話の筋の複雑さとともに、話すテンポも早くて、慣れるのがたいへんだった。劇中で一人だけ、ゆっくり話して(しかもいい声で)くれる人がいて、とても聞きやすかった。やっぱりゆっくり話したほうが早く伝わるなあ。

というわけで、初めての舞台にどっぷりと浸かったわけですが、けっこうおもしろかったです。役者が目の前で演技をする迫力をひしひしと感じられた。物語も印象に残った。限られた空間で、限られたシーンで、物語をおもしろくつむぐためには、そうとう練らないといけないと思うのですが、その完成度の高さにびっくりした。物語を磨きに磨いて作るわけですからストーリーの力でいえば、映画よりも舞台のほうが魅了する話が多いのかもしれない。あるいは、ビギナーズラックのようにたまたまよく出来た舞台に当たっただけなのかもしれない。でも、小劇場の劇団に対する興味関心はぶくぶくと湯が沸騰するように湧いてきた。

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