買ってよかったと思うものは、たいだい、いい値段のするものだ。

 数年ほど前から、自己資金を捻出して手に入れたアイテムを自己評価するという習慣が続いている。20XX年はコレ、という具合に、その一年のうちに手に入れた全アイテムの中からもっとも買ってよかったと思うもの──あるいは限りなく後悔の少ないもの──を選ぶのだ。それらのベスト・イヤー・オブ・マイアイテムは、とくにどこかに発表するわけでもなく、自分の心の中にしまっている。

 というものの、秘蔵でもなんでもないので、そのベスト・アイテム・リストについてさらっと書かせていただくと、2015年は「kindle Paperwhite」、2016年は「BOSE soundlink mini」、2017年は「Air Pods」、2018年は「DannerのBULL RIDGE」というブーツである。kindle Paperwhiteは僕の読書習慣にいささか大げさに言えば革命を起こした。電子の本なんてありえない派の僕だったけど、kindleを手にしてから、本を読む量は加速度的に増加した。本は安く買えるし(セール本が多く出る)、メモも簡単にできるし(PCに簡単に同期できる)、何より片手で読めるので、電車の中で重宝した。しかも辞書機能がついているので、英文にもチャレンジしやすい。

 BOSE sound link miniは、僕の人生に音楽の恵みをもたらした。それまでは家に帰って電気を点けた後は、たいていテレビをつけることが多かったけど、購入後はsound link miniのスイッチをつけるようになった。大好きなspecial othersをはじめ、部屋で音楽やラジオを流すことが多くなった。

 sound link mini が家の中での音楽革命なら、Air Podsは家の外での音楽革命だ。外を歩いている時、ストレスなく音楽を楽しめるようになった。聴きたい曲を、すぐにセレクトして再生できるようになった。2016年、2017年は音楽の存在がとても身近になった二年間だった。

 それから去年、購入したBULL RIDGEというDannerのブーツは、僕の徒歩ライフに小さな革命を起こした。歩いても、歩いても、足(の裏)に疲労がたまらず、僕の脚をどこまでも歩いていける脚に変えてくれたのだ。わりといい値段のする靴だったけど、とてもいい買い物だったと思っている。

 どのアイテムも、そのカテゴリーの中では決して安いものではないと思う。ひどく高いわけでもないけれど、リーズナブルというわけでもない。でも、そういうものたちが、僕の人生にささやかな革命を起こしてくれた。この子らとはできるだけ長く付き合っていきたいと思わせてくれた。

 連休に入ってから、PLOTTERというシステム手帳を買った。手帳のわりには、いい値段のする代物だと思う。発売当初から気にはなっていたけど、その値段の高さから、手を出せないでいた。それにシステム手帳という僕の門外漢のところに心を惹かれなかった。ところが、この手帳はノートとしても優れもの(と思われるもの)だったのだ。ノートジブシーの僕にとって心の片隅に水たまりのように存在していたPLOTTERを文房具屋でじっくりと触ってみたら、「こいつはひょっとしてイカしたノートかもしれない」とふつふつと自分のものにしたい欲望が募ってしまい、ついに手を出してしまった。スケジュールも、仕事のメモも、日々のメモも、スクラップとしても、ぜんぶ一元管理できそうで、理想のノート・メモのような気がしたのだ。これまではポケットサイズのモレスキンを愛好することが多かったけど、それに取って代わる貫禄がある。もしかしたら、 ベスト・イヤー・オブ・マイアイテム2019になるかもしれない。そんな予感がした。その一方で、部屋の片隅に死屍累々と転がっている数ページしか使っていないノートと同じようになる可能性も多分に感じられた。たかだかノートに1万円以上も出して、紙くず同然になったらどうする? そういう不安も少なからずあった。買うか買うまいか、数十分間、手帳売り場で悶々としている僕に決断させてくれたのは、「いいものは、だいたい高い」という過去のデータだった。

 ノートの屍の一つになりうるか、あるいは、ノートのキングになりうるか、どちらの可能性もあるけれど、ピンときた自分の直感と過去のマイデータとPLOTTERの潜在能力を信じます。

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残業の日々となつぞらとパン屋さん。

 えんえんと降りやまない梅雨の雨のように残業の日々がつづいている。来る日も来る日も、終電や終電間際まで働き、週末も、休日という日が遠い星の出来事のように僕は出社して働いていた。とにかくいろいろな仕事が同時進行ですべからくエンジンフルスロットルで動いていた。エンジン全開でも、しし座流星群のような猛烈なスピードで仕事が片付いていけばいいんだけど、どの仕事も三歩進んでは二歩下がるようなスピード感で、一向に終わりの出口は見えてこなかった。

 夜の0時に近い電車に乗ると、たくさんの人が同じ車両に乗り合わせてくる。中には飲み帰りという人もいるだろうけれど、僕と同じように仕事に追われ、終電に駆け込んでいる人も多く見受けられた。疲労の顔を滲ませた人が駅に到着するたび乗ってくる。そういう人たちを見ると、ああ、同志よ、とある種の仲間のような存在に思えてくるから不思議だ。年齢も職業も性別もバラバラだけど親近感を覚えてしまう。車窓に映る僕の顔も、隣のおじさんの顔も、どことなく似ている。目はうつむきになり、背筋は丸まり、手はつり革に預けている。朝の通勤電車のように背中をピンと張った人は、あまりいない。まあ、酒を飲みすぎたのか、ふらついている人は時々見かけるけれど。

 残業や休日出勤がつづく中で、幸せな時間はほとんどない。ウチに帰っても、風呂に入って、ご飯を食べて、あとは寝るだけ。好きな読書や好きな映画や好きなテレビを見る時間はほとんどないし、見ようとする気力も湧かない。

 でも、朝はちょっと違って「なつぞら」をわりと楽しみに見ている。北海道の自然の大地の風景は雄大で引き込まれる。それからオープニングのアニメーションと、それに合わせて流れるスピッツの音楽も素晴らしくて心地いい。広瀬すずの笑顔もたまらなくいい。こんな女性が近くにいたら、絶対に恋してしまうだろう。お話も引き込まれるし、今の僕の数少ない楽しみの一つになっている。それから、朝の通勤の途中で通りかかるパン屋さんも楽しみの一つである。買うわけじゃなく、店のそばを通りかかるだけなんだけど、できたてのパンの香りが店外まで届いて僕の鼻の中に吸い込まれ、一瞬、夢の世界のような気分にトリップする。それがたまらなく幸せな感情をもたらしてくれるのだ。パンの香りって侮れない。「なつぞら」と「パン屋」さん。この存在は僕の仕事まみれの日々を少しだけ救ってくれている。

 とりあえず10連休。昨日までである程度の仕事は片付けた。が、まだ少し残っている。歯磨き粉のチューブの最後を絞るようにぜんぶ終わらせるために、この連休中も、いくらか働かなければならない。仕事、仕事、仕事の日々だ。こう毎日のように追われていて、やはりしんどいときもあるけれど、つまらなくないのが唯一の救いかもしれない。 

劇団あおきりみかん 20周年公演「ワード・ロープ」を観に行く。

桜の開花宣言が飛び出した春のはじまりに、会社の同僚に誘われて舞台を見に行った。南山大学の演劇部のOB・OGが立ちあげた「劇団あおきりみかん」という劇団の舞台です(20年もつづいている息の長い劇団)。僕にとって舞台というものはまったく門外漢のジャンルで、これまでに一度だけ、劇団四季の「ライオン・キング」を鑑賞したことがあっただけでしかもそれは「ひどくつまらないもの」として記憶に残り(ファンの方、すみません)、舞台という芸術分野は自分の性分と合わないものだと思っていた。だから、声をかけられたときは戸惑いの色を隠せなかったけど、一方で、有名な劇団でもなく、いわゆる世間的に名の知れた有名人も登場しない、街の小劇場を主戦場とする劇団(なのかな?)に対する好奇心も「どういうものなんだろう?」とぶくぶくと湧いてきた。勝手な先入観だけど、そういう集団(劇団)の存続を突き動かしているエンジンは舞台への愛なのではないかなと推測するし、舞台を愛しつづける劇団員のみなさまが舞台への愛を存分に注ぎ込んだ作品というものは、一体どれほどのエネルギーに満ち溢れている場所なんだろうと興味が湧いた。それにせっかく誘ってもらった手前、無碍に断ることもないよなと思って行ってみることにしたのです。

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東京公演が開催される「池袋シアターグリーンBOX in BOX THEATER」で開演15分前に同僚と合流して中に入ると観客席はほぼほぼ埋まっている。そして空いてる席を見つけて、座るやいなや「わお!」と新鮮に目に映ったのが観客席と舞台までの距離。二つの空間を隔てる境界線はなく、最前列の席で足を伸ばした先がもう舞台のテリトリーなのだ。後楽園ホールでボクシングの試合を観戦したときも、リングと客席の近さに驚いたけど、今回はその比ではないですね。「目と鼻の先」という表現がこれほどしっくりくる場所もあまりないと思う。僕の座った場所は後方の席だったけど、もし最前列だったら、役者の息づかいをもろに感じることができそうだと思った。

舞台は体育館や県民ホールのようなサイドに伸びた長方体の空間ではなく、正方形状の真四角の空間だ。観客席を仮に南の方角だとしたら、東・西・北の壁際には、すでに役者がスタンバイし、息を潜めて待っている。本来、出番の準備をしているはずの舞台袖がむきだしの状態で、観客は始まる前から役者の緊張した面持ちを確認することができるのだ。だから、みんな早い時間帯から入場していたのかもしれない。それから、基本的に役者の方は床に座して待機しているんだけど、北の方角の中心にいた女性だけ、手を腰に据え、仁王立ちのようにでんと立っている。あとでわかったことだが、彼女は川本麻里那さんという本舞台の主役を担っている方だった。精神を集中しているのか、セリフを反芻しているのか、観客を見ているのか、それとも無の境地だったのか。まあ、とにかく開演までじっと立っているのが印象的だった。美しく凜とした眼差しで観客の方を見つめている。

舞台横にスタッフの方が静かに現れ、「本公演は約1時間50分あります。お手洗いに行かれたい方は、いまのうちに済ましていただきますようお願いいたします」と案内する。約1時間50分という尺の長さを聞いて、トイレの心配もよぎったけど、それよりも途中で寝ずにエンディングまで見通すことができるかなという不安が頭の中を覆いつくす。映画を鑑賞する場合、ストーリーの中盤あたりで、悪癖のようにうとうとと眠りの世界に誘われてしまう僕にとって(ほんとにおもしろい映画は別ですが、そういう映画に当たることは年に数本しかない)、大丈夫だろうかといささか心配になってしまった。誘われた手前、つまらなそうな態度はできる限り避けたいのが心情である。だが、「オレ、寝るなよ」と強い意思を持ってしても、睡眠という本能的欲求に逆らうことはなかなか難しく、気を張っても眠ってしまうことがこれまでもさまざまな場面で多々あった。どうか面白くあってくれ、と僕は心の中で両手を合わせてお願いをする。

軽快なジャズ調のミュージックとともに(素晴らしい曲だった。公演後、調べたら倉橋ヨエコさんの「卵とじ」という曲だとわかった)、開演し、物語がはじまる。話の筋は、なかなか複雑で、未来からやってきた娘と対面する父、中学時代の友人と埋めたタイムカプセルを20年ぶりに掘り起こす父、母の、父の友人たちに対する嫉妬、タイムスリップの発明、世界の崩壊、といったいくつかの筋が入り乱れ、しかも年代がいったりきたりするのではじめのうちはストーリーを追うので精一杯。ただ、決してつまらないわけではなく、むしろだんだん前のめりになって見入っていた。心配していた睡眠現象もいっさい起きず(よかった)、後半に差し掛かると、さまざまな伏線が回収され、さいごに一つの点に収束したのはお見事としか言いようがなかった。なんとなく伊坂幸太郎テイストの伏線回収の味を感じる。

以下、ストーリーのほかにおもしろいと思った点

1)出番待ちの役者がモノローグを口述
モノローグは、本人が発するのではなく、舞台袖で待つ出番のない役者がみんなで声をそろえて発する。たとえば「リリカはお父さんを救いたかった」というモノローグを舞台袖の役者が全員で口にする。

2)重要な言葉はセリフにかぶせる
「母さんは、中学時代の友だちに嫉妬していた」というセリフがあったとして、「中学時代の友だちに嫉妬していた」という部分を強調したいとき、まずこのセリフを発言する役者が「母さんは」の部分を言い出し、「中学時代の友だちに嫉妬していた」という下の句を舞台袖のみんなと合わせて発声する。タイミングがピタリとあうのも、いったいどれほどの練習を重ねたんだろうと一驚したし、それ以上に、こういう強調の仕方はなるほどなと思った。テキスト(セリフ)の太字部分のおもしろい読み方だった。

3)「過去を懐かしむのって、勝ち組の行動だよね」
ある人物のセリフなんだけど、劇中でいちばん心に残った言葉。彼女は中学時代、クラスからのけ者にされた、ひとりぼっちのキャラクターで、そんな彼女が発したセリフ。発見と共感のある言葉だと思った。

4)話すスピードの早さ
マシンガンのようにセリフがぽんぽんと飛び交う。話の筋の複雑さとともに、話すテンポも早くて、慣れるのがたいへんだった。劇中で一人だけ、ゆっくり話して(しかもいい声で)くれる人がいて、とても聞きやすかった。やっぱりゆっくり話したほうが早く伝わるなあ。

というわけで、初めての舞台にどっぷりと浸かったわけですが、けっこうおもしろかったです。役者が目の前で演技をする迫力をひしひしと感じられた。物語も印象に残った。限られた空間で、限られたシーンで、物語をおもしろくつむぐためには、そうとう練らないといけないと思うのですが、その完成度の高さにびっくりした。物語を磨きに磨いて作るわけですからストーリーの力でいえば、映画よりも舞台のほうが魅了する話が多いのかもしれない。あるいは、ビギナーズラックのようにたまたまよく出来た舞台に当たっただけなのかもしれない。でも、小劇場の劇団に対する興味関心はぶくぶくと湯が沸騰するように湧いてきた。

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図書館という、もう一つの僕の本棚。

土曜日の朝になると、僕は無意識に着替え、無意識に顔を洗い、無意識に図書館にでかける。おきまりの行動がじぶんの中にプログラムされているみたいだ。出かけるときも自宅から徒歩5分という好立地にあるので、重い腰をあげるような状態になることはなく(雨が降ったりすると別です)、むしろ軽やかな足取りでいそいそと向かう。

入館するとまず借りていた本を返却し、それから好きな作家の本棚から順に巡回する。「この本は読んだよな」、「あれはまだ読んでないな」とひと通り吟味し、手元にストックする。つづいて、人から勧められた本をチェックし、中身をぱらぱらとめくって、じぶんの心にひっかる本があれば、それも脇に抱える。手元に残ったものから最終選別し、いつもだいたい2、3冊借りるけど、その全ての本を読み切るかというと、そういうことはなく、途中で飽きてしまったり、読むのが辛くなったりして断念することもままある。対価を支払ったわけではないので、「せっかくお金を払ったんだから、読了しないともったいない」というある種の貧乏性からくる強迫観念がほとんど生じないのである。とまあ、図書館で本を借りる生活がすっかりと板についてしまっている僕ですが、こういう習慣が身についたのはわりと最近のことである。

それまでの僕の本事情というと、気になった本を主に古本屋で片っ端から購入し、本棚の空いているスペースに次々にぶっこんでいた。ところがそういうことを続けていると、当たり前ですが、本の数が本棚の空きスペースを凌駕し、あふれ出る状態になってしまった。部屋の空きスペースまで本が侵食しはじめて困ったものだから、「ええい、この際、いらない本は売っ払っちゃおう」と思って選別作業にとりかかったのだけど、いざ処分するとなると「これはもう絶版だし」とか「また読むかもしれないし」とか「どうせ売ったって安いものなんだし」などと考えだして、ちっとも本の数が減らない。そこで、はたとひらめいたのが図書館である。

図書館で貸し借りする生活なら、じぶんの本がこれ以上、増えることは起こりえないし(一時的にしか)、しかも、いちいち買わなくてすむので家計にもやさしい。それに、何よりもうれしいポイントが一生分の時間を費やしても読みきれない本をじぶんの本棚として自由に読めるようになることだ。欠点といえば、読みたい本が置かれてなかったときに地団駄を踏む程度で、ほかにこれといった不満はない。図書館という場所は、じぶんのもう一つの本棚であり、読書好きにとってとても優れたコンテンツである。

以来、僕は土曜日が来ると、図書館にいそいそと赴き、お世話になっています。ちなみにこの週末で借りた本は「風の道 雲の旅」と「パタゴニア」と「あやしい探検隊 海で笑う」の椎名誠の3本立てです。冬の背中は遠くまで消え去り、春の足音が間近に聞こえてきたこの時分に、旅を感じる本が読みたくなったのだ。それを気の向くままに、じぶんの本棚から抜き出すようにひょいっと選んで読めてしまう。なんて素晴らしいのだ図書館は、とあらためて僕は思う。

みんなって、何人?

小学生の頃、学校の授業を終えてうちに帰ると玄関先ですぐさまランドセルを床に放り投げ、靴も脱がずにその足で近所の公園に出向いて、同年代の友人たちとサッカーをしていた。日が暮れるぎりぎりの時間までサッカーボールを追いかけていたのを今でもわりと鮮明に覚えている。転んで泥がついても血がでてもそんなのはささいなことで、夢中という言葉がぴったり当てはまるように僕らは遊んでいた。とはいっても、来る日も来る日もサッカーに明け暮れていたわけではなく、やらない日も当然あって、そういうときは友人宅にお邪魔してゲームをすることが多かった。スマートフォンなんて見る影も形もなかった当時、僕らの心をときめかせていたのはスーパーファミコンだ。「スーパーマリオ」や「ロックマン」、「ボンバーマン」といった人気ゲームに友人一同熱中していたし、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーの最新作が発売された日には、それこそサッカーそっちのけでこぞって友人宅に集まって、胸躍る体験を共有していた。

「おかあさん、スーファミ買って」と友人宅から家に帰ると僕は母親に懇願していた。でも、「あんたには必要ないわよ。勉強しなさい」と適当にあしらわれ、僕の望みが叶うことはしばらくなかった。「みんな持ってるよ」という語句を発し、母を説き伏せようと試みたことも何度かあった。自分以外のみんなが持っていると伝えることで、かわいそうな自分を演じたかったのかもしれない。あるいは、仲間外れはかわいそうという同情を母に抱かせたかったのかもしれない。とにかくほしくてたまらなかったから、どうにかして母親を説得するために、安易ではあるけれど「みんな」という言葉を借りて両手を合わせながら頼んでいた。でも、「みんな」なんて言葉は大ウソで僕と同じように持っていない友人もいたし、母もその事実に当然気づいて、「みんな持ってるわけないでしょ」という感じでいつも軽く受け流していた。

「みんなが言ってる」「みんなが持っている」。これらの言葉は大人になったいまでも、時々、耳にするし、自分自身、不意に口走るときがある。長い間、僕はLINEをインストールしていなかったんだけど、そういう流行りものとは無頓着な日々を過ごしていると友だちから「早くとれよ。お前だけだよ、入れてないの。みんなこれでやりとりしているぞ」としつこく嘆願されたことがある。サッカーのワールドカップやオリンピックの時期になると「みんな見てるよ」とお決まりの文句のように人から言われたこともある。でも、そういうときに思うのだ。いったい、みんなっていったい誰のことだろう? どのくらいの数を指すのだろう?

あるとき僕は広辞苑(第六版)を引いてみた。そこには「全部。すべてのもの。すべての人」と記されてあった。「すべての人」とは大きく出たなあ。意味をそのまま受け取ると、みんなとは全国民を指すのだろうか。あるいは全人類のことを示すのかもしれない。もしそうであるなら、とても「みんな」という言葉を使うことはできない。全人類がオリンピックを見ているわけがないし、スーパーファミコンを持っているとは思えない。どうも腹の奥にストンと腑に落ちる意味ではないなあと思って、つづいて大辞林(第三版)を引いてみる。すると「全部」という意味とともに「そこにいる人全部」と併記されてあった。これにちょっと膝を打った。なるほど。こういう限定性を持たせた意味なら、いろんな場面で使うことができますね。たとえば、4人の友だちと同じ部屋で遊んで、じぶん以外の3人がスーパーファミコンをもっていたら、それは「みんなが持ってる」と断言しても間違いではないということなんだ。母にだって、強い眼差しで訴えかけることができる。みんなが持ってるのは嘘じゃない、と。

これまで「みんな」という言葉を使うとき、それはどこか大げさな表現な気もして、地に足がついていない感覚を心ならずも覚えていたりしたけれど、これからは、もうちょっと自信を持って「みんな」という言葉をためらわずに使うことができるかなと思います。

3月31日も大掃除の日にするのだ。

桜は開花し、街は彩りに満ちてくる2019年3月のおわりに僕はまだ2018年を生きている。どういうことかと申し上げますと、僕の部屋はまだ2018年のままなのだ。まるで片づいちゃいない。そりゃあ、風呂掃除したり、床をキレイに拭いたりするような小掃除はしているけど、大量に積み重なった書籍や雑誌の仕分けはしていないし、着なくなった服はそのままタンスの奥に眠っているし、よくわからない紙の資料も部屋のいろんなところに放置されている。

大掃除というものは、その年のピリオドを打つための、大事な行事だと僕は思う(どの口が言うの? というツッコミは脇に置いておいてください。すみません)。部屋をリセットするように片付けることによって2018年に句点を打つことができるのだ。したがって、大掃除を決行していない現状は、未だ、年をまたいでいない気分が、心の隅に家の壁にこてを使って土を塗り上げたようにへばりついていて、時代から取り残された居心地の悪い具合を覚えている。

そんな気持ちを胸に抱えているにも関わらず、休日が巡ってくるたびに、今日こそは大掃除するかなあと思っていても、結局、床に落ちているゴミをサーッと掃除する程度という体たらく。いらないものを処分したり、散らかった状況を整理整頓したり、窓を拭いたり、浴室をピカピカに磨いたりといった、いわゆる大掃除のようなことはしていない。「今日こそは大掃除しますか?」という天の問いかけに対して「延長する」ボタンばかりを押しつづけている状態である。惰眠を貪る怠惰な人間です。誰に対してか不分明ではありますが平身低頭します。

で、これはやっぱり大掃除の気分を怠慢な己の中に醸成しないといけないなあと悩んでいたところ、3月31日は12月31日とちょっと似ていると思ったのだ。年度の観点で考えれば、3月31日も、一年のさいごという気分がある。であるなら、この日も大掃除の日にしてもいいではないですか。

というわけで、この週末に向けて、息巻いている僕ですが、さて、どこまで片づくかしらん。今週末こそ、大掃除を敢行して2018年で時が止まっている部屋から、いっこくも早く卒業(脱出)し、2019年を生きたいと思っております。このまま怠け者のように日々を過ごしていたら、平成からも卒業できなくなってしまう。時代のいちばん後ろを歩いているワタクシです。

今週のお題「卒業」

僕は、僕の手を差別していた。

左手で箸を持ち、飯を食っていると、僕と初めて食事を共にした人は、「左利きなんですか?」と訊ねてくる。不思議なことにかなり高い確率でこの質問が飛んでくるので、世の中の人は左利きに対する興味・憧れ・好奇の目があるのかなあ。もっとも、単に初対面特有の会話の沈黙を埋めるべく、「左利き」という身体的特徴は静寂を破る突破口としてちょうどいい糸口になるにすぎないのだろうけど。

例のごとく「左利き」の質問を受け取った僕は前傾姿勢から背筋をピンと伸ばし、キラリと目を輝かせ、「いえ、右利きなんです」と答える。すると相手は不思議がって、じゃあ、なんで左手で箸を持っているの? という顔をするので僕は「3つ理由があるんです」と言葉を付け足すのである。

一つ目は「かっこいい、天才ぽいから」というまるで精神年齢が小学生のような阿呆の回答である。阿呆の回答だけど、これはいささかの偽りもないほんとうの気持ちで、昔から、左利きに対する憧憬の念が強かった。ニュートンも、ダ・ヴィンチも、マラドーナも、ピカソも、モーツァルトも、ベートーヴェンも(今の時代なら、メッシも、レブロン・ジェームズも)、俗に天才・偉人と称される方々の左利きエピソードを耳(あるいは目)にすると、なお一層、左利きへの憧れはふくれあがり、自分も左利きになりたいなあ、と至極単純の阿呆の極みの思考に至るのである。世界のおよそ90パーセントの人間は右利きで、左利きの人間は10パーセントあまりしかいない、というデータも(眉唾ものではあるけど)、その限定感や、希少性に自分もその一人になりたい、と心を左利きに染めさせてしまう。ただ、いくら阿呆の僕だって、この理由のみで、左利きになろうと行動に移したわけではない。

二つ目は「ゆっくりご飯を食べるため」である。基本的に、僕は「超」がつくほどの早食いだ。友人と同じテーブルを囲んで飯を食べていると、みんながまだ半分も食べ終わっていない状況のときに、僕は皿をキレイに平らげていることがままある。よく噛まずにあらゆる固形物をスープのように飲み込む僕の早食いは尋常ではない。意識して直そうと思っても、猫背を直すことが難しいように、遅食いに変心することができない。これに頭をかいていた僕はあるとき、そうだ!不慣れな左手で箸を持てば、飯を食うスピードも遅くなるだろう、と発想したのだ。右手で箸を持ったときの、特急列車の速度で次から次へと食材を口に運ぶことはなくなり、各駅停車のスピードで一つ一つの食材をスロウに食することができる、と思ったのです。これが二つ目。

そして三つ目は「左手がかわいそう」という理由である。右利きの僕は、右手をことあるごとについ頼ってしまう。料理の包丁、バスケットのシュート、野球のキャッチボール、ノートをとるペン、重いものを運ぶ時。あれ? 意外と少ないかもしれないが、まあ、右手の方が活躍の場面が多い。これに左手が嫉妬しているんじゃないかと懸念したわけである。左手も僕の体の一部だ。であるなら、なるべく五体平等に活躍させたいと思うのが心情じゃないですか。これまで右手がわりにがんばって働いてきたわけですから、これからは意識的に左手も使っていきたいと思い至ったわけです。

というわけで、僕は左手で箸を持って食べていますが、似非左利きの人間です。純度でいえば、10パーセントそこそこしかないような、玉石混淆の石ばかり混入して作られた左利き人間です。

いずれは、ペンを持つ手も左にしたいと思って、練習をがんばっていたけれど、これは思っていたよりも容易ならない技術が必要で、箸の練習の何十倍もの時間がいるだろうと感じているので、いまは挫折中。まあ、ひどく自己満足の世界ですが、なるべく自分の体のぜんぶを使って生きたいと思っています。