初めての避難所。

 この一週間、「記録的な暴風雨」「警戒レベル5」「命を守る行動を」といった危機的な状況を知らせる言葉をたくさん耳に、あるいは目にした。テレビでも、ラジオでも、ネットニュースでも、キャスターが、専門家が、気象庁の職員が、大勢の人に向かって呼びかけている。わりと鈍感な方の僕でも、さすがにここまで懸命に大声を上げるように発せられてる言葉を聞かされると台風19号は、日本に大打撃をもたらす可能性の高い存在なんだと思うようになった。そして、いちどそう認識してしまうと台風19号という存在が、なんだかドラゴンボールの人造人間19号と同じような存在として思えてしまう。あるいは使徒襲来のような恐ろしさを覚えてしまう。それくらい、やばいやつが日本に上陸するということなんだと思う。台風の勢いが弱まって大した被害が発生しないといいんだけど、こればっかりは天気の子のように祈るしかない。祈って通じる相手だといいんだけどね。

 とはいえ、ただ祈るだけでは、何かあったときに慌てふためくことになるので、水や食料を備蓄し、念のための備えをしておいた。3、4日くらい前から近所のスーパーで少しずつ備蓄品を買い揃えていったんだけど、金曜日は、もうほとんどすっからかんの状態だった。水は完売状態だったし、カップ麺もほとんど売り切れていた。みんな考えることは同じで、もしものときのための備えをしているということですね。

 台風が徐々に着実に日本に近づいてくる。風が少しずつ発生し、大雨が降り始めた。「youは何しに日本へ?」と投げかけてみると、台風はそんな言葉を蹴散らし、空の彼方へと追いやってしまった。突然、スマートフォンに緊急避難警報のアラームが鳴る。自宅付近の川が警戒水位に達し、氾濫の可能性があるということで「避難準備」が発令された。それまでは、とはいえ、いつものように何事もなく今回の台風も通り過ぎるだろう、という甘い考えが頭の片隅にあったけれど、初めての「避難準備」という発令にいよいよ緊張感が高まった。ザックにいそいそと水やら食料やらヘッドライトやら防寒具やらいろんな防災用品を詰め込んだ。それともし自宅が水没してしまったり、暴風で壊滅させられたときのために、必要だと思われるものをピックアップしてザックに入れ込む。

 「数十年に一度の災害が差し迫っています」とテレビのアナウンサーは言う。確かに現時点ではそうなのかもしれなけれど、近年の自然災害を見ていると、また来年もやってくるんじゃないかと思ってしまうんですよね。識者の方たちが今回の大型台風は温暖化の影響があると話しているのを聞いたし、となると、これからも、同規模の、あるいはこれ以上の超大型台風がまた発生するんじゃないの? と思ってしまって、アナウンサーの言葉がどこか空虚に思えてならなかった。だからいまいち芯に伝わってこないんです。言葉というのは、伝えるというのは、できるかぎり、地に足がついた嘘のない言葉で伝えないといけない。まあ、今回はそう言うしかなかったのかもしれないけれど。

 そうこう準備をしているうちに再びスマホに緊急警報のアラームが鳴る。区が「避難勧告」を発令した。WEBサイトで川の水位を確認してみると、氾濫までにはまだまだ大量の雨水が必要そうで、大丈夫なんじゃないかと思ったが、ぐずぐずして踏みとどまるのもダメだろうと思って指定された小学校に避難する。過去の他地域の自然災害の状況を見ていると、やはり早めに安全な場所に移ることが何よりも大切なんじゃないかと思ったのである。

 学校には係のような人がいて、避難所として姿を変えた教室に案内される。寝袋と毛布を受け取り、空いているスペースに腰を下ろした。これでホッと一安心だ。周囲を見渡すと僕の案内された部屋には避難してきた人が20組くらいいた。ご老人、夫婦、カップル、独り身がほとんどで、不思議なことに子供は一人もいなかった(なんでだろう?)。思っていたより人が少なくて、どこか拍子抜けしてしまったけれど、避難してきていない人は自宅にとどまっているということなのかしらん。確かに学校に来るまでの道のりで、在宅していると思われる家庭を多く見た。

 学校に避難すると、外から聞こえてくる「避難してください」という警報も、対岸の火事のように思えてしまう。家にいたときは当事者として受け止めていたのに。それだけ学校に安堵感を覚えたということです。

 いよいよ本格的に台風が接近する。テレビもラジオもない避難所で、どうしてそれがわかったかというと、もちろん、ネットニュースで知ることもできたかもしれないけど、肌で感じたのは暴風だ。ヒューーやら、ボォォォやら、ゴォォォォやら、聞いたことのない風の音が聞こえてくる。窓の外に見える樹木が暴風でぐらんぐらんと揺れている。まさに今、僕たちは暴風域の中にいるのだろうと実感した。

 しかし、小学校はビクともしない。どれほど強い風が吹いても揺れない。さすがに地震が発生したときは少し揺れて、その時は、おいおい、泣き面に蜂とはこのことか、と思ったけれど、それでも微々たる震動で、改めて学校というものは頑丈で安全な場所なんだと感じた。「夜の学校」というと、怪談話として登場するように、どこか不気味で恐ろしいイメージがあるけれど、この日ばかりはなにも寄せつけない要塞のように思えてとても頼もしかった。

 僕は買ったばかりの本を読み、台風が過ぎるのを静かに待った。22時を過ぎると雨と風が弱まり、避難所から自宅に戻る人がちらほら出てきて、僕ももう大丈夫だろうと思ってうちに帰った。暴風によって家に被害が出てたら嫌だなと心配していたけれど、とくに壊されたような箇所はなく、なにごともなくもとの生活に戻ることができた。避難しないで家にいたままだったら、川の氾濫と暴風の恐怖で顔面蒼白な思いをしていたと思う。避難勧告が発令されて、避難するかしないかで迷ったら、早く行動することが大事だなと思いました。

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台風一過の13日。雲はどこかに消えていた。