夏の箱根の山。【金時山-明神ヶ岳-明星ヶ岳】

平日の昼間にしょっちゅう訪れる定食屋がある。ビル群の割拠する路地裏にひっそりと佇むお店で、雨の日も風の日も嵐の日も休むことなく年配のおばちゃんが一人でせっせと切り盛りしている。通いはじめて半月ほど経った頃、店の一角に「山と高原地図 奥多摩」が無造作に放置されているのを見つけた。その地図を持っているということは山好きに違いない。それまでおばちゃんとは会話らしい会話はしていなかったが、山好きの自分としては真相を知りたくなり、思い切って尋ねてみた。

「山に登られるんですか?」

おばちゃんは躊躇なく「ええ」と返事をした。しかも屈託のない笑顔で。この方とは通じ合える、と瞬時に感じ取った僕はそれから堰を切ったようにいろいろ伺ってみた。するとおばちゃんは筋金入りの登山家だということが判明する。

彼女が初めて山に登ったのは小学生の頃で、すぐにその魅力に取り憑かれてしまったらしい。夏休みになると決まって山に登りに行き、それは少女の殻を破り、多感な時期に成長しても変わることはなく、お化粧やアイドルよりももっぱら山登りに夢中な娘だった。高校は登山部に入部し、大学卒業後は山岳会に入会した。一時期、山から距離をとったこともあるみたいだが、いまはまた山への情熱が蘇り、週末になると心を弾ませて山に登っているそうだ。

僕はお店に訪れるたびにその元祖・山ガールともいえるおばちゃんから話を聞く。北・南アルプスの登山体験記から八ヶ岳や東北の山々の話、それから山小屋やテント泊のことまで種々雑多な話を聞けるので僕は昼休憩の時間をとても楽しみにしていた。もちろんおばちゃんが腕をふるう料理も抜群にうまいのだけど、それと同じくらい山の話もおもしろい。山についての相談ももちろん快くのってくれる。たとえば「丹沢の蛭ヶ岳で一泊しようと思っています」と相談すると「夏はヒルがすごいからやめたほうがいいですよ。私は10月まで丹沢には行きません」と教えてくれる。

そんなおばちゃんが勧めてくれた山の一つに「金時山ー明神ヶ岳ー明星ヶ岳」の縦走があった。今の時期はものすごく暑いけどね、という注釈をつけながら。それは覚悟したほうがいいよ、という危険シグナルを多分に含ませた言い方だった。でも、僕は兼ねてから箱根の山に行ってみたいと思っていたこともあり、こんどの週末は金時山に出かけようと決めたのだ。

○ 6:35 バスタ新宿 2018年7月14日
金時山までのアクセスは小田原駅から路線バスを使って登山口まで向かうのが一般的だ。でも僕は高速バスを使うことにした。高速バスは金時山の登山口まで連れていってくれるし、交通費も電車と路線バスを利用した場合とあまり変わらない。それなら、電車を待ったり、路線バスを待ったり、座ることができなかったりするよりかは指定席のあるバスに乗って登山口まで走ってくれる高速バスに乗ったほうが楽だろうと思ったのだ。でも、この判断はこの日に限っては失敗だった。三連休の初日(土曜日)ということもあり、東名高速には16キロの渋滞が起こっていたのだ。

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バスに乗ると「本日、渋滞が発生しているため、遅れが生じます」といった放送が流れる。それを聞いた僕はいささかがっくしと肩を落とし、到着時刻に一抹の不安を覚えた。そう思ったのは僕だけじゃないみたいで、後ろの席の若い女性はちびまる子ちゃんみたいな声で「しょうがないよ」と隣の男性を諭していた。まる子の声で言われると、仕方ないかな、と思えてしまうから不思議だ。力の抜けた声色には嘆きを鎮静させる力がある。

高速に入ってまもなく渋滞に捕まった。ウサギのようにぴょんぴょんと軽快に走っていたバスは、一転、亀のようにのろのろしたスピードに変わり、やがて動かなくなった。こうなってしまっては窓の向こうの景色を楽しむこともできない。あとは本を読むか寝るしかない。僕は帽子で顔を隠し、寝ることにした。すやすや。とはいえ、本気で眠ることはできなくて、目を瞑っていたり、時々、目を開けて渋滞の様子を確認したりして無為の時間をつぶしていた。僕の座席列の逆側の左側の席に目をやると朝の日差しが窓から射し込み、ひどく暑そうだった。その光景を眺めているだけでこっちまで暑くなってくる日差しだ。しかもバスは動かないのでその日差しが消えてなくなることはない。じりじりと乗客に強い日光を浴びせている。ほとんどの人はカーテンを閉め、日差しをシャットダウンしていたが、日光浴をするように朝日を浴びている人もいた。

予定到着時刻から大幅に遅れて御殿場駅に着く。僕が下車する金時登山口は8:40着の予定だったが、その時刻はとうの昔にすぎていた。僕はこの時点で登山口に着く時間は10時くらいになるかもしれないと腹をくくった。

御殿場駅のバス停でかなりの人数が降りた。そして入れ替わりで降りた人数よりも多くの集団(ほぼ子どもたち)が乗ってきた。夜明けの住宅地のように静かだった車内は、一転して幼稚園の教室のような賑やかな空間に変わった。バスが大幅に遅れている状況での子どもたちの騒ぎ声はいささか神経に障る。とはいっても子どもたちのせいではない。私の心よ、鎮まりたまえ、と念仏をぶつぶつと唱えはじめる。

箱根に向かって山道を進むとまた渋滞が発生。事故渋滞だった。ぜんぜんバスは動かないし、子どもたちはプールサイドのように賑やかだし、座っているだけなのに、なんだかどっと疲れてしまった。繰り返すようですが、子どもたちが悪いわけでも、バスが悪いわけでもないんです。三連休の初日に高速バスを選んだ自分がいけなかった。

○ 10:07 金時登山口
予定より一時間半ほど遅れて登山口に到着。長かった。ひどく長かった。バスから降りるとき、運転手さんは申し訳なさそうに頭を下げていた。運転手さんのせいではない。まあ、こういうことは想定しておくべきなのだ。三連休の初日は高速に渋滞が生じる、と想像しておくべきなのだ。それはさしてむずかしいことではない。

下車した場所にあるローソンでおにぎりや水を買って、まずは金時山に向かった。もし、山行に時間がかかり、明星ヶ岳までの縦走がむずかしくなりそうなら、途中で降りようとも考えていた。地図を見るとエスケープルートはいくつかありそうだった。そういう考えを頭には入れつつも、明星ヶ岳まで行きたい気持ちは強くあったので、いささか早足で登り始めた。

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さすがに夏本番だけあって山の麓だろうが暑い。日陰はまだ耐えられる暑さだが、日向は暑い。早足で登っているから、汗もすぐにでてくる。この後の距離を思うと、なかなかしんどい山行になりそうな予感がした。

樹林帯を抜けると茂みの道に入る。日陰はなくなり、太陽の光を一身に浴びる。息は切れ、まつげの先から汗がぽたぽたと落ちはじめ、シャツは瞬く間に汗まみれになった。タオルで汗を拭いても拭いても、間髪入れずに汗が吹き出てくる。このときの僕は高性能の発汗装置と化していた。着替えを持ってきてよかった、と心底思った。汗びっしょりのシャツで帰りの電車には乗りづらい。

金時山の山頂まで平坦な道はほとんどない。延々と登りがつづく。そしてさらに試練を課すように夏の強い日差しが襲いかかってくる。そのうち僕はノックアウトされるかもしれないと思いつつ、蓄えていたエネルギーを絞り出すように一歩一歩登っていく。ほかのハイカーも、当然きついようで休みながら登っていた。僕もひと息つきたいとは思ったが、そのあとの山行を考えると休んではいられない。できるだけ遅れを取り戻したいと思っていた。

ひどくきつい一方で、どこか楽しさもあった。自分の限界に挑んでいるような感覚が生じたのだ。そういう瞬間は日常生活ではなかなか味わえないものだと思うし、どこかで求めているところもあったかもしれない。それともただのマゾだという可能性もあるが。

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山頂までの道のりが半分を過ぎた頃、体をくるりと反転させると箱根の素晴らしい景色があった。必死に登るといい景色が待っている。よく登山と人生は例えられることがあるけれど、こういう景色をみると実感を持ってわかる気がする。辛く険しい道も歯を食いしばりながら、登っているといい景色に変わっていく。

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早足で飛ばしたツケがまわってきたみたいで、徐々に足が重くなる。足首に錘を巻いて歩いているような足取りになり、膝を曲げて、体を持ち上げることがきつくなる。雑巾を絞るように残された体力を体から搾り取り、山頂を目指す。他の人の足取りも重そうだ。酷暑の中、みんな息を切らして登っている。

○ 11:12 金時山 山頂
山頂に着くやいなや展望をゆっくりと望む余裕はなく、一目散に茶屋に駆け込んだ。そして息も耐え耐えに「金時そば」を注文し、腰を下ろした。

「金時そば」はとても美味しかった。召し上がっているとき、蕎麦つゆの上に汗がぽたぽたと落ちてしまい、それをくい止めようとタオルで汗を拭っても、またすぐに滴り落ちてきて、せっかく作っていただいた蕎麦に申し訳ないと思ったが、それでも、蕎麦のうまさが消えることはなった。山の上でいただく蕎麦はほんとにおいしい。

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茶屋でゆっくりした後は山頂からの景色を楽しんだ。富士山のてっぺんは雲に覆い隠されていたが、それでもいい景色で、箱根の町や富士山の麓を一望できる。登った甲斐のある山頂だ。いつでも記憶から取り出しておけるように胸の中のアルバムに閉まっておきたくなる景色だ。

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○ 11:35 金時山 山頂出発
次の明神ヶ岳に向かって登ってきた道をすいすいと降っていく。登ってくる人たちはみんなきつそうだ。30分前の僕がそこにいる。若い男女の二人組とすれ違ったとき、彼は彼女に向かって「山登りはきつくなってからが楽しんだよね!」とニコニコしながら語りかけていた。彼女はぶすっとした顔で黙って聞いていた。何ふざけたこと言ってんだコイツは、というような人を蔑すむ時の目をしていた。僕は彼の気持ちも彼女も気持ちもどちらもわかった。きつくなるほど楽しくなる気分もわかる。限界に挑んでいる感じがそういう気分にさせるのだ。一方でちっとも楽しくなんかない、という心情もわかる。それは表裏一体の感情だ。山は辛くもあり、楽しくもある。その二つの感情が天秤の両端でぐらぐらと揺れている。

○ 12:00 うぐいす茶屋
うぐいす茶屋の分岐点から、明神ヶ岳の道に進む。この地点から先は人気が1/4以下になり、茂みは倍増した。金時山の比ではない笹薮が道の両側から飛び出している。そこに秩序めいたものはほとんどなく、文字通りのびのびと雑草たちが生い茂っている。時には、道を塞ぐような笹薮の群生地もあり、目がくらむ思いもした。 幸いにもスポーツタイツを履いているので葉が足にこすれても痒みが生じることはなかったけど、もし肌をむき出しにして歩いていたら、相当な痒みが生まれたのではないか。そう思うとゾッとした。

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クーラーの効いた部屋が愛おしい。なんで大量の藪がはびこっている中、強い陽射しに打たれながら、山歩きなんてしているんだろう、と後悔してももう遅い。行くも引き返すもどちらも苦行だ。であるなら、先に進むしかない。でも、先に進むといっても人を見かけないのでこんどは不安になってくる。この道は正しいのだろうか。藪たちが知らぬ間に違う道に案内しているんではないかと思ってしまう。

道が樹林帯に変わると嬉しくなるが、それもぬか喜びで、5分も歩けばまた笹薮の道に変わる。また同じような道をただひたすら延々と歩く。僕がもう少し少年の心を持っていれば、こういう道も目を輝かせながら歩くことができるのだろう。あの緑の虫はなんだろう? あの花はなんだろう? あの鳴き声の主は誰だろう? この道は好奇心を満たすものであふれている。でも、そう思うにはいささか歳を重ねすぎてしまっていた。やはり気持ちのいい展望が見たい。壮観な景色が見たい。

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こういう道を歩いているとき、一人できてよかったと思う。もし誰かを誘っていたら、文句を言われるに違いない。たとえ口に出さなくても、そういう顔を見るだけで、誘った方としては申し訳なくなってしまう。その点、一人なら文句を言われることはない。気楽だ。

箱根の大涌谷を一望できる尾根に出た。足がふらふらで、心も折れかかっているときに背中を押してくれる景色だ。いい景色に巡り会えると、きつく、つまらない山道もいい思い出に変わっていく。

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◯ 13:40 明神ヶ岳 山頂
ベンチに座り、水をがぶがぶ飲む。2リットルあった水はみるみる減っていき、残りは300ミリリットルを切っていた。もっと持ってくるべきだったと反省した。夏の登山は水の消費が激しい。金時山ほどではないにせよ、明神ヶ岳の山頂もいい景色だ。が、日差しを遮るものはないし、茶屋もないので、カンカンに照らされた大地の上で休んでいるだけでも、ちょっと辛い。長居したくても、それは簡単にできることではなく、僕は少し休んだら、次の明星ヶ岳に向かっていた。

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◯ 13:50 明神ヶ岳 出発
平均して一日一万歩は歩くし、長い距離を歩くことはわりと好きで、職場から自宅まで10キロくらいの道を歩いて帰ることもある。それくらい僕にとって歩くことは好きな行為なんですが、それでも直射日光を浴びつづける山登りはそれなりにきつい。それでもまた山には出かけるのだろう。どんなに辛くても嫌いになることは、きっとない。

眼下に小田原の市街と太平洋の大海原が現れる。遠くまでよく見える。胸を打つような感動はないが、記憶には刻まれる景色だ。山道の途中に、とつぜん現れる名もなき名所。こういう巡り会いは登山のいいところだ。

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これまでの道と違い、平坦な道がつづく。平坦な道って下りよりも歩きやすいんです。登りよりも、下りよりも、平らな道がいちばん楽な道です。人生もそういうところがあると思う。なんでもない道がいちばん歩きやすい。

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◯ 14:48 明星ヶ岳 山頂
明神ヶ岳から明星ヶ岳までは尾根道がつづくのかなって勝手に思っていたら、まったくそんなことはなく、この日散々目にした笹薮の中を通りぬける道に終始していた。

そしてそんな山行の最後の山を飾るべく、展望もベンチもなにもない山頂に着いた。明星ヶ岳の山頂です。山頂を示す看板がなく、おそらくここがそうだろうという場所で写真を一枚撮り、そそくさと下山にうつった。ロマンチックな山の名前だけど、少なくとも山頂はそういう雰囲気はなかったと思う。夜になると星が綺麗に見える場所に変わるのでしょうか。

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山を降っていると電車の音や車の音が大きくなってくる。どの山を登ってもそうなのですが、人工の音がしてくると下界が近づいてくる感覚が強くなります。音というのは自然界と人間界でけっこう違って、鳥の鳴き声とか、木々のざわめきとか、川のせせらぎとか、自然の音で溢れると、ああ、そっちの世界に入ったなと思うし、人工の音が充満してくると、人間の世界に帰ってきたなと思う。

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そしてその二つの世界のわかりやすい境界線が山道とコンクリートの舗装路だ。舗装路に出た瞬間に戻ってきたと思う。そして自販機を見つけたときはお宝を発見したような歓喜があり、一目散に駆け寄ってコーラのボタンを押す。ガコン、コーラが落ちてきて、缶を開け、ゴクゴクと喉を通す。この一杯がひどくうまい。山頂の蕎麦と下山後のコーラは最高だ。

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◯ 15:40 勘太郎の湯
宮城野営業所バス停でバスの時刻をチェックして近くにある「勘太郎の湯」へ。箱根の温泉のわりにはほとんど人はいなかった。僕が入ったときは、ほかに3人くらいだったかな。でも、温泉自体は熱々のいい湯でした。バケツ一杯分くらいの汗をかいた体を綺麗に洗い流し、湯に浸かって疲れをとる。下山後に箱根の湯に浸かれるのは箱根の山のいいところですよね。嬉しいご褒美だ。

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◯ 16:35 宮城野営業所バス停 出発
やはり超人気の観光地というだけあり、バスの車内はひどく混雑し、満員電車のように乗れるスペースは限られていた。カーブのつづく中、手すりに捕まって、足を踏ん張らせ、立っていた。でも、温泉でエネルギーは回復したし、これくらいなんてことはない。それに箱根湯本駅のバス停でたくさん降りて座ることもできた。

◯ 17:25 小田原駅着
今日の山行を一言でいうなら「薮だ」。金時山から明星ヶ岳まで、なんどもなんども、またかと言いたくなるほど薮の道を通る。それから、もう一つつけたすなら「暑い」。覚悟していたことだけど、想像以上だった。金時山だけならまだそこまで辛くならずに登れると思いますが、明神ヶ岳、明星ヶ岳まで登るとなると負担は大きくなる。3つの山の縦走をするならば、夏に登るよりかは春とか秋に登ったほうが楽しい山だ。これは言い切れると思う。汗は滝のように流れるし、強烈な日差しには襲われる。


ただ夏に登っても、展望は良かった。金時山も、尾根からの景色も、明神ヶ岳の眺望もどれも素晴らしい景色があった。


翌週、おばちゃんにこの日のことを報告したら、「だから暑いって言ったでしょ」と笑われた。おばちゃんの言うことはちゃんと聞こうと思った。

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