「出会い頭の衝突にご注意ください」

平日の朝の通勤時間帯。東京メトロ半蔵門線の九段下駅のホームから階段を上った先で、あれは聞き間違いではないと思うんだけど、「出会い頭の衝突にご注意ください」という駅員の案内を耳にした。

繰り返しアナウンスをしていたところをみると、おそらく通勤者同士の衝突事故がたびたび発生していたのだろう。もしかしたら取っ組み合いのケンカまがいの揉め事もあったのかもしれない。しかし、人で溢れかえっているとはいえ、そう何度もぶつかり事故が発生するのだろうか? と、その時は不思議に思っただけだった。

それからあとでこの出来事を振り返ってみると、出会い頭の衝突が起こるということは、運命の出会いが起こりうるスポットでもある、と僕の頭の上にピコンと電球が灯った。恋愛ドラマや恋愛漫画の古典のひとつである、「あっ!」「きゃっ!」とぶつかったことがきっかけで恋に落ちる事件がここでは実際に起こりうる可能性があるということだ。そういう運命の出会いスポットでもあるのだ。九段下駅は。ほほう。

とはいえ、一歩間違えれば、おっさん同士のぶつかりあいだ。みなが急いで通勤している時に、力士の立合いのごとく、ガツン!と衝突するのはそれはそれで恐ろしい。理想の相手とぶつかって、人格が入れ替わり、君の名は?なんていう映画の始まりのような物語は万が一にも起きないのである。サラリーマンの多い朝の時間帯だ。可能性としては、おっさんとおっさんの出会いが多そうだ。そしてたとえその二人が入れ替わり、君の名は?と言ってもたいしてドラマは起きない。おっさんがおっさんになるだけだ。

後日、朝に九段下駅を通ってみたら、あのアナウンスはもう聞こえてこなかった。あの日の声は僕の聞き間違いだったのだろうか。たしかにはっきりと耳にしたのだけれどなあ。