幻の春

まるで空気の衣替えしたように、東京は暖かくなり、春の陽気を感じずにはいられなかった、今日という日。ただそれだけなのに、ただ暖かくなっただけなのに、ひどく心が昂ぶった。

春になると花たちが一斉に咲き始めるように僕の体も高揚感に満たされて、何かが咲きそうな気分になった。そのまま体から花が咲いて、道端で日向ぼっこできたらいいのにと思った。そうすれば会社に「すみません、僕、花が咲きました」と言って休むことができる。そして月曜日をのんびりと過ごすことができる。そういう一日だってたまには悪くないと思う。

夜になると、冬が引き返し、また寒くなった。日中の春の陽気は幻だったかのように。これからまた寒い日がつづくのだろうか。僕のスマートフォンに「明日は8度低い予報です」という通知が届いた。窓の外を時折突風のような強い風が吹く。コートを脱ぎ、シャツ一枚で外を歩ける日まで、あとどれくらいの夜を過ごせばいいのだろう。