見晴らしのいい山。【筑波山】

○ 7:31 渋谷駅 2018年6月17日
東京の空模様はどんよりとした曇り空で、もくもくと漂っている雲の群れに太陽が覗く隙間は一分もなかった。僕が今日目指す山は展望の良さで知られる筑波山だ。願わくは山頂では雲が吹き飛び、美しい光景を目にすることができるといいんだけどな、と一縷の望みを胸にしまい、つくば駅に向かう電車に乗った。

初めてつくばエクスプレスに乗る。乗ってみて驚いたんですが、ものすごく速いと感じた。弾丸のようにびゅんと進む。僕のはやる気持ちを汲み取ってくれるみたいに一目散に進んでいく。車窓の向こうに見える街並みがものすごい速さで変わっていった。

車内では登山者もぽつぽつと見かけました。僕の隣に座っていた二人組の女性も間違いなく筑波山に向かう人たちだったと思う。山に登る格好だったし、筑波山のパンフレットを手に持っていた。どの山に登ったという話もしている。ただ、「仕事のことはどうでもいい。話すだけ酸素の無駄」と急にナイフで切り刻むようなセリフが飛び出し、どきりとした。何があったんだろう。

東京都を抜け、千葉県を抜け、茨城県に入ると、やがて車窓越しに筑波山が見えてくる。山頂は雲にすっぽりと覆われていた。もしかしたら雨が降っているかもしれない。まあ、それはそれで仕方ないかとこの時点で過度の期待をすることはやめた。

○ 8:45 つくば駅
つくば駅に到着。東京の空と同じようにつくばの空も雲で覆われ、街は全体的に薄暗くなっている。絶好の登山日和とはいかなかった。まあ、梅雨の時期に登山計画をする自分がいけないだろう。でも、筑波山に登ってみたい欲がむくむくと湧きでてしまったのだから、しょうがない。登ってみるしかこの気持ちを解消することはできないのだ。そうしないと悶々とした日々を過ごすことになる。

筑波山行きのシャトルバス乗り場を探すとすぐにわかった。登山者の列ができていたからだ。僕も列の後ろに並び、所在なげに地図を眺める。登山ではバスを待つことが度々起こるけど(しばしば登山口までバスが連れてってくれる)、たいてい携帯をいじったり、地図を見て待ちます。要するにやることがないのです。バス待ちに限っていえば今日みたいな曇った日はまだいいけれど、太陽の陽射しが強いとそれはそれで辛かったりする。この日は臨時バスも走っていて、それほど待つことなく出発した。

バスが走り出すと筑波山の紹介アナウンスが流れ出した。「筑波山自体が御神体であり、御山自体がパワースポット」とか「筑波山温泉郷はアルカリ性であり…、(中略)みなさま、筑波山で楽しいひとときをお過ごしください」というアナウンスが日本語→英語の順番で流れていた。外国人も登るのだろうか。筑波山は外国にも知名度の高い山なのだろうか。少なくともそのときの車内には外国人は一人も見かけなった(筑波山ではいくつかの外国人グループとすれ違った)。僕は車窓の風景を目にしながら、天井から流れてくるアナウンスをぼんやりと聞いていた。

「すべてがのどか。好きな景色」と前席に座っていた少年が隣席の友だちに向かって言った。僕も後ろの席で同感だと思った。目に見える光景のほとんどは田んぼと畑と住居でつくられている。緑が多くて「のどか」という形容がぴたりとはまる景色がそこにはあった。そういうのどかな景色の奥にドン!と聳える山がある。筑波山だ。想像していたよりもはるかに大きく、巨大な壁のようにせり立っている。低山だからといって、観光山だからといって、舐めてかかると痛い目にあいそうな気がした。

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○ 9:42 筑波山神社 下車
ほとんどの人は筑波山神社のバス停で下車した。筑波山を登る一般的なコースは二つある。
(1)筑波山神社から登るコース
(2)つつじヶ丘から登るコース
僕もどちらから登ろうか迷ったけど、筑波山神社から登り、つつじヶ丘に下山するコースにしようと決めた。なぜならつつじヶ丘は帰りのバスの始発だからです。登山後は座ってゆっくり帰りたいなあと思ったのだ。ということで僕も筑波山神社のバス停で降りた。

バスから降りると冷たい空気が肌を襲う。標高も少しばかり高いところだったし、曇っていたせいもあったのだろう。身震いする寒さではないけど、けっこう肌寒かった。少なくとも初夏の暑さはどこにもなかった。ホテルや旅館、土産屋が立ち並ぶ温泉街みたいな通りを抜け、筑波山神社に到着する。ハイカーのほかにも訪れている人がばらばらといて賑わっている神社だった。ほとんどの人がそうしているように僕も参拝をしてから登山口に向かった。

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○ 10:05 登山口
お邪魔します、といった感じで登山口から筑波山の中に足を踏み入れると途端に雰囲気が変わる。太古の森みたいな重々しさがあり、獣すら寄せ付けないような静謐な空気が蔓延している。「筑波山自体がご神体であり、御山自体がパワースポット」というバスのアナウンスが僕の頭の中にリフレインしてくる。さっきまで旅館やらホテルやら人工物があったのに、登山道に入るとテレビのチャンネルを変えたようにガラリと変わった。のどかな景色は唐突に断絶され、神聖めいた森に変わったことにいささか面を食らった。

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地面はぬかるみ、滑りやすく、雨が降っていたことがうかがえる。樹木の葉も幹も瑞々しさを含んでいる。深く神秘的な、そして薄暗く寡黙なたたずまいが、湿った薄いヴェールのように、僕の上に終始垂れ込めている。そこは「神聖な」という尊くて侵しがたい場所であるような一方で「不穏な」「得体の知れない」とも表現したくなるような雰囲気も感じられる。

ひやりとした空気の中、汗がジワリと出てくる。はじめの休憩所でアウターを脱いでタオルを首に巻いた。序盤は階段が多くて大股で足を持ち上げることが多い。大股で歩きつづけるとあとでずしりと足にくるのであまりしたくないんだけど、これも御神体の山を登る試練の一つだと思って歯を食いしばりながら登る。

その後も平坦な道は少なくて、垂直に登るような急登や、再度の階段地獄といった感じであの手この手で登山者に試練を与えてくる。やはり人気の山だからといって高尾山みたいに思っていてはいけない。足のエネルギーはみるみる消耗するし、膝のダメージも蓄積していく。

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○ 11:10 御幸ヶ原
男体山と女体山(標高871 mの男体山と877mの女体山を総称して筑波山と呼んでいる)の間に位置する御幸ヶ原。筑波山を登るコースにある中でもっとも広い休憩所です。広大な平地には茶店が並び、多くの人がこの場所で腰を下ろし、食事をとっていた。御幸ヶ原は山頂ではないけど、山頂付近ということで展望を望める場所なのですが、残念ながら雲が晴れることはなく期待していた展望は望めなかった。つくば駅に着いたときから、山を登っているときから覚悟していたことだけど、それでも少し悲しい気持ちになった。景色を望めなかったこともあって僕は休憩もほどほどに一つ目の山頂である男体山へ向かう。御幸ヶ原から山頂までは距離としては短いけど、厳しい急勾配が続き、前にいたおばあちゃんは「心臓がばくばくする」とおじいちゃんに嘆いていた。

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○ 11:22 男体山 山頂
山頂に着いても変わらず曇っていたので気持ちのいい展望は望めなかったけど、それでもだだ広い関東平野を見渡すことができた。タイミングがよかったのかもしれませんが、人もあまり多くなく(この後の女体山は行列がすごかった)、しばらくの間、山頂からの景色を眺めていた。爽快とはまた違った感じのいい気分である。大空を優雅に飛んでいる鳥の気持ちになれる。

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○ 11:37 御幸ヶ原
山頂を楽しんだ後、再び御幸ヶ原に戻り、ご飯を食べることにした。茶店「たがみ」に入り、「けんちんそば(850円)」を注文。熱々のけんちんそばが体に沁みる。登っているときは汗をかいて暑苦しくなるけど、テーブルに腰掛けてるときは、発汗したあとの気化熱により体が冷える。その冷えた体に熱々のけんちんそばがとても沁みるのだ。美味しかった。汁も飲みきって完食。それにしても辺りを見渡すと老若男女いる筑波山。小さな子供からお年寄りまでいる。

御幸ヶ原に着いたときから、目についたものがあった。おじーさんも、おばーさんも、おとーさんも、おかーさんも、子どもたちも、老若男女のたくさんの人が串に刺さった何かを食べているのだ。それがひどく美味しそうで僕も食べてみたくなった。その正体を探すと「焼き団子(330円)」だということがわかり、僕はさっそくそれを売ってる店で買った。一串三粒だが、一粒一粒が大きくて、甘い。中は柔らかく、表面はパリッとしている。うまい。

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御幸ヶ原の一角に「紫峰杉まで1分」と書かれた看板を見つける。次の目的地である女体山に向かうコースからは外れていたけど、1分という至近距離だったこともあり、せっかくなので行ってみることにした。紫峰杉は先程までの喧騒が嘘のように静かな場所だった。人間は僕しかいない。あとはただ樹木が屹立しているだけだ。しんとしている。そして道の先に見事な杉が静かに鎮座している。樹齢800年と立て札には書いてあった。樹齢何百年という木に対峙することはこれまでにも何度かあったけど、その度に拝む気持ちになる。そういう気持ちにさせられる何かがある。

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○ 12:27 女体山 山頂
男体山と違って、女体山の山頂では長い長い行列ができていた。いちばん見晴らしのいいと思われる岩の先端のスポットに立ちたい人たちが列をつくっている。人気のクレープ店のように、次から次へと人がやって来て行列がなくなる気配はない。確かに男体山よりも眺めは良さそうだったけど、人が多すぎてゆっくりと楽しむことは難しそうな場所だった。僕は高いところは苦手だし、岩の先端までは怖くていけないので少し離れたところから展望を見て退散。つつじヶ丘のバス停に向かって下山を始めた。

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ひどく急な岩場から始まる。ストン、ストン、と直下するように下っていく。足の踏み場である岩場は水気が含まれ、つるんと滑りやすく、かなり慎重に足を運ばないと転びそうだった。途中すれ違った小さな女の子は登っているときに足を滑らして「もう、嫌だ」と泣いていた。空は曇っているし、山登りは滑って危険だし、あの女の子にとって筑波山はいい思い出にならなかったかもしれない。僕があの子だったら山嫌いになってしまうかもしれない。そのくらい、この日の筑波山は危険な顔を出していた。晴れていたらまた違うんだろうけど。

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つつじヶ丘に近づくと景色のひらけた場所にでる。雲が減っていたこともあり、気持ちのいい景色が広がっている。お誂え向きにベンチもあり、つつじヶ丘まですぐそこだったが、ここで一旦ザックを肩から下ろし、小休憩した。御幸ヶ原と違い、女体山と違い、ほとんど人もいなくて、気分のいい時間を堪能した。このときが筑波山でもっとも優雅な時間だった気がする。

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○ 13:30 つつじヶ丘バス停到着
行きと違いバスの中は人の喋り声は聞こえず、紹介アナウンスもなく、静かな空間だった。ほぼみんなが目をつむってすやすやと眠りにおちていた。僕も目を瞑った。山を登った後は気分良く眠れる。

この日はあいにくの空模様で筑波山を十全に楽しめたかというとそうではありませんでした。筑波山の本来持つ魅力の半分くらいしか堪能することはできなかったと思う。おそらく雲ひとつない晴天の日は見事な眺望が待っているんだろう。その景色を拝めなかったのは残念だけど、それでも楽しい山行だった。低山でこれほど遠くまで平野を見渡せる山は少ないと思うし、こんどまた晴れた日に行ってみたいと思います。

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