音が歌っている。【SPECIAL OTHERS ACOUSTIC @上野恩賜公園野外ステージ】

上野公園の野外ステージに到着すると、グッズの待列ができていた。僕もいそいそとその列に加わる。販売開始の時刻になるまであと一時間。水道の蛇口を思い切りひねったような陽光が降り注ぐ。蝉が、今日は一段と暑いぜ!と叫ぶように大きな声で鳴いている。まもなくして背中越しに汗が激しく落ちはじめる。炎天下の中、じっと待つのは辛い。が、8年以上、ファンを続けているアーティストのグッズなので(しかも、欲しいものがあった)、そこはぐっとこらえる。ディズニーランドや、人気のラーメン店を見ていても思うのだけど、人は好きなものに対しては、他人からしたら異常だと思える試練(たとえば行列待ち)も、平気で乗り越えてしまう。そういうのをきっと愛と呼ぶのだろう。
8月25日。午後12時。35.1度。カラスがカーカーと、蝉がミンミンと鳴いている。

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あと4時間後にSPECIAL OTHERS ACOUSTICのライブが始まる。少しややこしいのですが、彼らはふだんはSPECIAL OTHERSというバンド名で活動している。ギター、ベース、ドラム、キーボードの四人編成バンドで、ボーカルはいない。インストゥルメンタルバンドで、ポストロックや、ジャズバンドなどと評されることもある。曲によっては、歌声が入ることもあるけれど、それは歌というよりも、声という楽器を活用している感じだ。認知度で言えば、あまり大勢の人には知られていないかもしれませんが、日本武道館をソールドアウトしているくらいには人気がある。また、彼らの音楽は野外ライブと相性がよく、ひんぱんにフェスに呼ばれ、FUJI ROCK'16ではFIELD OF HEAVENのヘッドライナーも務めている。フェスバンドとも呼ばれるくらい、フェスに顔を出すことが多い。

僕はそんなSPECIAL OTHERSの大のつくファンです。彼らを初めて知った2011年の夏からずっと追いかけていて、関東近郊でライブやフェスがあればいそいそと訪れるし、ほぼ毎日、彼らの曲を聴きながら通勤している。僕の人生のエネルギー源といっても決して過言ではない。それくらい、僕にとっては大切なバンドです。今日はそんなスペアザ(略称)のアコースティックバージョンであるSPECIAL OTHERS ACOUSTICのライブが行われる日であった。

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入場開始の一時間前になり、会場に入る。上野の野外ステージは日比谷の野音と違い、屋根があるので、日光を燦々と浴びることはないので助かる。が、東京ドームみたいに隙間なく屋根があるわけではなく、両サイドは空いているため、そこから射し込む西日がなかなか辛い(ドラムの宮原さんのMCでわかったことだけど、通常は日光を遮る巨大カーテンのようなものがあるらしいのだが、この日は故障により使えなかった)。

タオルを頭に巻いて陽射しをカットするが、それでもレーザービームのような真夏の強い光線はしんどい。影一つない山道を歩いているときのようだ。座っているだけなのに体力が消耗していく。スマホをいじってるだけで、スマホが猛烈な熱を帯びる。まるでフライパンで熱したように。

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16時を回り、メンバーが拍手を浴びながら登場。それぞれが楽器の調子を整えるように音を鳴らす。そして静寂の間が一瞬起きた後、曲に入る。うおー!とか、ヒュー!と、観客の声が響く。僕にとって一年でいちばん幸せな時間が始まった。

彼らの奏でる音楽はいつも優しい。そして、楽しい。体が勝手に揺れてしまう。楽曲に合わせて自然に体がリズムを取る。日は暮れはじめ、暑さは和らぎ、ステキな音楽が鳴り響く。アコースティックという名前が付くとおり、グロッケンとかピアニカとか、普通のバンドが使わない楽器を使って、心動く音楽を奏でている。

「音が歌っている」

それは彼らのライブに行くといつも思うことだった。歌声という楽器を用いない代わりに、ギターやドラムやベースやピアニカから弾き出る音が歌っている。音に意志が宿ったみたいに一音一音が楽しそうに踊っている。その音に呼応するようにオーディエンスの心も揺れていく。その素晴らしい音楽に包まれた時間がひどく愛おしくなる。気がつけば、終演の時間に差し掛かっていた。

アンコールで「wait for the sun」の演奏が始まる。SPECIAL OTHERS ACOUSTICの中でいちばん好きな曲だ。星空と焚き火とともに聞きたくなるような、自然味溢れるとても優しい曲だ。いつまでも聞いていたい。この時間が永久につづけばいいのにと思う。演奏が終わり、メンバーがステージの前に立って拍手を一身に浴びていた。僕も力を込めた拍手をしていた。帰り道の西日がひどく美しかった。

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