改札から逃げるように走り去る男

目の前を歩いていた男が自動改札機で引っかかった。ICカードの残高が不足していたのだと思う。まあ、僕もときどきそういうエラーをしでかすし、どちらかといえば、よく見かける光景だ。おそらく、彼はもう一度、改札の手前に戻って、ピッと打ち直すはずだ。そう思った僕は別の自動改札機に移ろうした。が、彼はゲートで閉じられた改札をムリにこじ開けてそのまま通り抜けた。ああ、そうか、一度改札外に出て、窓口で事情を話すのだろう。と思ったけれど、そうすることもなく、彼はそのまま外の方に向かって歩き出した。しかも、歩くスピードはだんだんと早足になり、ついには走り始めた。

改札機を通り抜けて走り出す人を初めて見た。何も逃げ出さなくたって、不足分の金額を駅員さんに支払えばいいだけだろうに。そんな大きな金額ではないだろう、きっと。それなのに、大の大人がマリオのBダッシュのように勢いよく逃げるなんて。映画の撮影か? ドラマのように誰かに追われているのか? おいおい、いったい誰に追われているんだ? 警察か? ヤクザか? あるいは、幻想か? むくむくと好奇心が湧き出てきて、後を追うように僕もついていった。

が、彼の逃げるスピードはギアを1速から5速に上げるように徐々に速まり、新宿駅の密集した人混みの中に消えていった。皺のない清潔なスーツを着た、いたっておかしなところのない、社会に適合した男性に見えたけれど、身なりだけでは、その人の本質は、わからないものである。今でも、ふと思う。彼はいったい何から逃げようとしたのだろうか。