日常に読点を打つようなお寺。鎌倉の妙本寺。

「鎌倉の『妙本寺』というお寺が好きなんです」と打ち明けてくれたのは会社の同僚だった。なんでも駅近のわりには、人が少なく、とても落ち着けるいい場所だと彼は言う。失礼ながら、僕はそのお寺の存在を一切知らなかった。これまで何度か鎌倉に訪れ、その度に、鎌倉周辺のスポットをリサーチしたけれど、その名前に出会うことはなかったと思う(もしかしたら、読み飛ばしていただけかもしれないですが)。写真を見せてもらうと、なかなか雰囲気のあるお寺で興味が湧いたし、同僚の言う「隠れ家的お寺」という推薦文も、心に引っかかった。久々に鎌倉に出かけてみたい気持ちもあったし、これは一度行ってみてもいいかもしれない、と思い、僕は暇そうにしている友人を誘って鎌倉に向かうことにした。

台風一過の日曜日。歩いているだけで汗が滝のように落ちる日に僕と友だちは鎌倉駅に降り立った。強烈な太陽の光に目を細め、それと同時に強い日差しが肌に突き刺さってくる。蝉もようやく自分たちの季節が来たと言わんばかりに豪快に鳴きはじめていた。ミーンミーンミーン。

夏本番の高温に対抗するように扇子を猛スピードで仰ぎながら、妙本寺に向かっていると徒歩で10分もたたないうちに到着。ほんとうに近い。そして、同僚から聞いていた通り、一大観光地の主要駅からわりと近いスポットなのに人影は見当たらない。

一礼して山門をくぐる。紫陽花はすでに枯れていたが、木々の葉は、これからが本番というように深く色づいている。至るところに繁茂する樹木のおかげで、参道は日陰に包まれ、日差しの強い今日のような日でも、森林浴みたいに歩くことができた。

手水舎で身を清め、お堂でお参りをする。境内の中心に移っても、相変わらず、しんとしている。外国人のカップルと中年の男性の3人しかいない。このお寺なら、手を合わせて仏様に語りかけても、ちゃんと自分の声が届きそうです。閑散としているので後ろに並ぶ人のことも気にせず、ゆっくりとお願いをすることができる。

本堂の廊下では、中年の男性が向拝柱に背をもたせかけ、心地よさそうにうとうとと眠っていた。緑に囲まれた静かなお寺の廊下で、誰に邪魔されることなく、心おきなくうたた寝をする。それは、鎌倉の離れで懐石料理をいただくような、とても贅沢な行為である気がした。

森林を抜けた先に隠れ家のようなお寺を構え、参拝客を静かに迎え入れる。そして、忙しない日常に緩やかな空気を運んでくれる場所。それが、僕の感じた妙法寺というお寺だった。

観光名所のように観光客を喜ばすような見どころはないかもしれないが、しかし、境内には凪の時間が悠久の時のように回流し、その空間に足を踏み入れると、自分自身にも穏やかな凪の時間が流れ込みます。ものすごいスピードで通り過ぎる日々に、ちょっと待ちなさい、と読点を打つように。それは、ときに必要な時間だと僕は思う。

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妙本寺の祖師堂

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肩を寄せ合い、話し込んでいた外国人観光客

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男性は祖師堂の廊下で気持ちよさそうにうたた寝していた

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緑の息吹を感じながら、妙本寺を後にした