SPECIAL OTHERS HALL TOUR2019 QUTIMA Ver.25
2019年3月17日、日曜日の午後2時過ぎ、僕は横浜のみなとみらいにある神奈川県民ホールに訪れていた。SPECIAL OTHERS(通称スペアザ)のライブがこのホールで行なわれるからである。僕はチケットを購入した昨年末から、夜の海辺で流れ星を待つ少年のようにこの日を心待ちにしていたのだ。
SPECIAL OTHERSというアーティストは、僕の人生にとってなくてはならない存在である(誇張表現の意図は少しもない)。彼らのほかにも、愛するアーティストはいるけれど、これまで生きてきた時間の中でいちばん深く付き合っているアーティストはSPECIAL OTHERSのほかにいない。仕事の日の朝、気分が乗らないときはスペアザの「Good Luck」を聴いて通勤するし、仕事中、いまいち思考が働かないときは「AIMS」を再生して小気味のいいビートを頭に流し、思考のエンジンを点火させている。金曜日の帰り道は「Uncle John」や「Ben」を聴いて、幸福度を増幅させ、心躍る週末へ自分を誘う。頑張りたいとき、元気になりたいとき、落ち込んでいるとき、泣きたいとき、どんな精神状態に陥ってもスペアザが助けてくれたり、背中を押してくれる。僕の人生は彼らの音楽に支えられているといっても過言ではない。だから、そんな彼らの音楽が再生プレイヤーを通さずに、直に聴けるライブの日は一年でいちばん幸せな日だと思っているし、実際、濃厚な多幸感に満ち溢れる日なのだ。
「スペアザのグッズはセンスがいい」と音楽好きの友人から言われたことがある。その言葉には僕も同感で、Tシャツをはじめ、彼らのアーティストグッズはデザイン性の高いものが多く、ライブに参戦するたびにいろんなグッズに手が伸びてしまう。今日もご多分に洩れず、ツアーTシャツを手に入れてしまった。これまでに購入したものを含めるとぜんぶで10着くらいTシャツを持っているが、コレクションとして集めているわけではなく、半分くらいは、ちゃんと現役のシャツとして主に夏のシーズンに活躍している(残りの半分は寝間着)。純粋に夏着としてセンスのいいシャツを身に纏いたいという自己陶酔もあるが、彼らの名前が印字されたツアーTシャツを着て街を歩くことで少しでもスペアザの存在を知ってもらいたいという気持ちもちょっとある。
開場するまで約2時間の空き時間があったので横浜の街を散策する。なんど来ても、魅了されますね、横浜は。港町ならではの海と連なった都市景観に、広い空。歩いているときに頬をなでる海風も心地よく、山下公園から赤レンガ倉庫までの道のりは僕の中では指折りの散歩道だと思っています。が、そうはいっても、2時間という待ち時間を散歩だけでつぶせるわけではないので、喫茶店に入ってその時を待った。
16時45分、開場。全席指定席のため、いの一番に入場して席をとる必要はないのだが、まあ、ほかにすることもなかったし、スペアザの空気に早く触れたい気持ちも少なからずあったので、開場時間ぴったりに足を運んだ。
ステージには、向かって右側から、宮原さんのドラム、又吉さんのベース、柳下さんのギター、芹澤さんのキーボードが青白いライトに薄く照らされて鎮座している。いつもと変わらない風景だ。嵐の前の静けさのようなライブ前の独特の空気がそこはかとなく会場中に漂い、僕を含めた多くのファンが今か今かと目をときめかせて待っている。
僕はステージ正面の真向かいに立ち、写真を撮る。当然ながらライブが始まると撮影することはできないので、この日のライブを記憶以外の方法で残しておくとしたら、いま、この瞬間しかないのだ。
僕の席はかなり前のほうでステージから近かった。ライブハウスの場合は、前目のほうだと人でぎゅうぎゅうに混み合い、ゆっくり聴けないのでいつもそのスペースには参戦しないことにしている。でも、指定席の場合は、そういう人混みが発生することもないので前列の方でもゆとりをもちながら、ライブを楽しむことができる。近くを通りがかった人は「この辺だったら、もっと楽しめそう」と口にしていた。いい席取れました。すみません。
17時半過ぎ、おなじみの登場SE(Traditional lullaby - used as a work chant for fishing)とともにSPECIAL OTHERSの4人が舞台袖から参上。観客席のいたるところから、拍手や指笛が鳴り響き、彼らを迎え入れる。それぞれの定位置に立った4人の面々は、楽器の調子を確認するように音を鳴らしはじめる。みんな自由演技に奏でているようで、即興ジャズのように4人が合致したメロディーを奏でている瞬間もある。なにかの記事で、「こういう瞬間に次の曲のとっかかりが生まれたりするんです」と読んだことがある。つまり、この音鳴らしの瞬間は曲作りの一環でもあるということですね。そう意識すると、うかうかと聞き逃すことはできない。神経を耳に集中する。
そして、陸上の助走期間のようにある程度体が温まった状態になると、一呼吸の静寂をおいて演奏が始まった。SPECIAL OTHERS HALL TOUR2019 QUTIMA Ver.25 (THE HALL)の開演である!
本日のセットリストは「twilight」「Comboy」「Tomorrow」「Aului」「beautiful world」「Good morning」「PB」「Puzzle(新曲)」。en(アンコール)「Uncle John」というものであった。ファンの方なら一目瞭然だと思いますが、スペアザの中ではわりとマイナーの曲が多めのセトリだ。メジャーどころな曲でいえば「PB」「Good morning」「Uncle John」で、もっともファンが聴きたがっている(と思われる)「Laurentech」と「AIMS」はやらなかった。これが僕をいささか失望させた。とくに「AIMS」を演奏しなかったことについてひどく落胆した。僕の記憶が正しければ、ここ3年間は(東京・横浜の)ライブツアーで「AIMS」は演奏していない。今日こそは、と過度の期待をしていたが、空振りにおわってしまった。僕にとってスペアザのライブで「AIMS」がないということは、星野源のライブでいう「恋」を、MONGOL800のライブでいう「小さな恋の歌」を、Suchmosのライブでいう「STAY TUNE」を聴けないことと同義である。それくらい、スペアザのスタンダード・ナンバーである「AIMS」は、どうしてもライブで聴きたい曲なのだ。もしかしたらメンバーの考えとしては、フェスのような一見さんのいるライブでは、「AIMS」を筆頭にメジャーな打線をそろえた選曲にし、ツアーでは、ファンの懐の広さに甘えて攻めたセットリストにしているのかもしれない(そういう意図はないと思いたいたいけれど)。でももしそうであるならば、これだけは言いたい。ファンだって(少なくとも僕は)メジャー打線のセットリストにしてほしい。だって、たぶん、多くのファンはそれらの曲に惹かれてSPECIAL OTHERSのファンになったのだから。それを聴きたくてライブに行っているのだから。2013年に日本武道館でライブしたときのセットリストは歓喜踊躍ものであった。2009年の日比谷野外音楽堂のセットリストも狂喜乱舞である。僕はそういうライブをまた体験したい。これは、ファンのわがままな要望なのかもしれない。彼らにしてみたって、いつもいつも定番曲ばかり演奏していたら、そのうち飽きがきてしまうだろう。むしろ、その結果、昨今のようなセットリストになっているのかもしれない。それでも、そろそろライブで「AIMS」が聴きたいです。
というわけで、去年の日比谷野音にひきつづき、(僕にとっては)消化不良感が拭えないライブであった。もちろん演奏自体は素晴らしいものである。しかし、それは寿司屋のネタでいう赤貝やミル貝の出来が素晴らしく美味しい、というのと同じようなことで、僕としては、サーモンもマグロもブリも味わいたい。スペアザのスタンダード・ナンバーを揃えたベストアルバム集のようなライブを味わいたい。