ゆっくり話したほうが早く伝わる。

この前、あるクライアントにプレゼンに行ってきた。そのプレゼンテーションは制限時間が設定されていて(たとえば「プレゼンテーション20分、質疑応答10分」といった感じで)、時間が来ると強制的に止められてしまう類のものだった。終了の時刻がくると血の流れていない無機質なベルがチリンと静かな空間に鳴るのだ。プレゼンテーターであった僕は、時間内におさめるために数十ページに及ぶ企画書の要点を絞って話さなければならない。時間が過ぎてしまえば、せっかくチームで夜遅くまで汗を流して作った企画に泥がついてしまうことになる。

自分たちの順番が来て室内に案内される。楕円形の円卓に荘厳な顔つきをした方がそれぞれの席に座っている。ある人は腕を組み、ある人は眼鏡を手でクイッと持ち上げ、ある人は目の前に配布された僕らの企画書を品定めするように見ていた。乾いた空気とともに沈黙が重く鎮座していた。せめて音楽でも流れていたら緊張もいくらかやわらぐんだけどなあ、と思ったがそういうことが起こる可能性は万に一つもない。僕らに与えられたのは、わずかな時間だけだった。

定められた席に案内され、お座りください、という声と同時に僕らは腰を下ろした。司会の方から本日のプレゼンの案内をされる。3分前になったらボードを掲示すること。時間が来たら終了となること。僕らは、わかりました、と了承した。では、用意ができたら始めてください、と司会の方が言った。

僕は企画書の脇にスマートフォンを置いてストップウォッチの画面を表示した。そして「開始」というボタンをタップした。時が寸分の狂いなく刻まれていく。ストップウォッチに羅列された数字は制限時間に向かって寄り道することなく進んでいった。僕はストップウォッチから目を外し、ゆっくりと話を始めた。自分でも遅すぎるのではないかと思うくらい、ゆっくりとした口調で僕らの企画の思いの丈を話し始めた。

僕は伝えたいことがあるときほど早口になってしまう。そういう傾向(というよりも癖)があることをこれまでの経験から嫌というほど知っている。そのせいで何度も反省した。自分でも、あ、いま早口だなあ、とわかるのですがどうしても止められない。堰を切ったように次の言葉が出てしまう。アクセルは踏みっぱなしでブレーキは効かない。聞いている方は、相当に聞き苦しかったと思う。そういう経験から早く伝えたいときほどゆっくり話すべきなのだ、と僕は思っている。

席に座っている方たちは僕の説明を頷きながら聞いていた。そうだ、その通りだ、というような頷き方をしていた。僕の話している言葉がきちんと伝わっていることがわかり、少しばかり安堵した。このペースで話そう、と決めて残りのページを一枚一枚できるだけわかりやすく説明をした。

ところがうまくいってるときほど油断ならないもので、後半にさしかかったとき、思い出したようにストップウォッチを見たら、終了時刻が迫っていた。ゆっくり話すことを意識したばかりに制限時間のことが頭からすっかり抜け落ちてしまっていたのだ。なんたる間抜けであろう。残された時間では直感的に最後まで話しきれないことを悟り、不安が襲ってきた。汗がつーっと額から落ちてきた。

しかし、僕は話すスピードのギアを変えることはしなかった。1速から5速に変えることはしなかった。ひと呼吸置いて「ゆっくりゆっくり」と心の中で念仏を唱えた。ここで急いでしまっては元も子もない。もちろん時間内に終わらすべきことは必須である。その禁を破ることはできない。だから僕はいくつかの説明を省いて進めることにした。いろんなことを話そうと早口になるより、いくつかの箇所を省略してでもゆっくりと話すことを選んだ。その方がきっと伝わると思ったからだ。慌てるな、大丈夫だ、と自分に言い聞かせるように落ち着いて話した。

プレゼンが終わった後、席に座っている方々は納得したような顔つきだった。僕たちの思いがちゃんと伝わった感触を得ることができた。早口でまくしたてなくてよかった、とほっとした。そして、早く伝えたいときほどゆっくり話すべきなのだ、ともう一度思った。