スーパーは理性と本能の戦場だ。

仕事を終え、最寄駅を降りて、今宵の献立を一考しながらスーパーへと向かう。惣菜コーナーにたどり着き、好物の「かに玉あんかけ」や「ポテトコロッケ」が残っていることを発見すると、とたんに心は弾みだし、上機嫌になる。お酒を呑まない僕にとってそれらの惣菜は一日の終わりに幸福をもたらしてくれる嗜好品でもあるのだ。

でも、ことはそう簡単に終わらない。「かに玉」か「コロッケ」をレジに持っていけばそれで買い物は終わるんだけど、そう簡単にすんなりとことは運ばない。るんるん気分でお目当ての惣菜を手に取ろうとすると「待ちなさい」ともう一人の僕がストップさせてくるのだ。「昨日もコロッケを食べたじゃないか、二日連続で揚げ物はダメだろう」と理性の僕が本能の僕にささやいて幸福から遠ざけようとする。それからは理性と本能の戦いの開始である。「かに玉食べたい、コロッケ食べたい」「ダメだ。早くこの場から立ち去れ」と惣菜コーナーの前で壮絶な合戦がはじまっている。

カロリーのことや健康のことを考えると「かに玉」も「コロッケ」もやめたほうがいいことはわかってる。それよりもトマトやブロッコリーを買って卵と炒めて調理したほうがいいことはわかっている。それはそれで美味しいことはわかっている。でも、本能の僕が食べたがっていて、手を引っ込めようとする意志に抗うように僕の右手を再び惣菜容器の方へと連れ戻していく。均衡した綱引きのごとく僕の右手はかに玉やコロッケの上空で揺れ動いている。

スーパーは残酷な場所だ。理性と本能の狭間で僕を苦しませる。

そもそも、お店に近寄らなければいいんだけど、磁場のような力でぐぐぐっとスーパーに導かれ自動ドアの中に吸い込まれていってしまうのだ。たぶん、あしたもあさってもこの戦いはつづくだろう。一カ月後も一年後もおそらくつづいているだろう。いつの日か理性と本能の間に平和条約が結ばれて平穏な夜が訪れるといいんだけれど。