音楽が必要だ、この世界には。【20200920 スペアザ@日比谷野外音楽堂】

SPECIAL OTHERSのライブに行ってきた。
本当なら今年の春先と初夏にライブがあり、そのチケットも確保していたんだけど、ご存じのようにコロナの影響で全てのライブが延期となっていた。そんな折、ついに、待ちに待ったライブの開催である。

会場は日比谷の野音で、つまり野外だ。座席も指定席なので、ソーシャルディスタンスを保った席位置を用意することができる。こうした事態におけるライブ会場として理想的な場所だと思った。

開演の時間が迫るにつれ、胸が高まってくる。ひさびさにスペアザの生演奏を浴びることができるという喜びもあるし、今日のセットリストはベスト盤に近いものになるんじゃないか、と予感めいたものがあった。

本日のライブはツアーではない。そしてコロナが完全に収まっていない中での決行である。勇気を持って参加する観客のために、来てよかったと思ってもらえるセットリストになると思ったのだ。

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開演を告げるSEとともにメンバーが登場し、演奏が始まった。しかし、誰一人、観客が立たない。みんな座って聴いている。どうしてだろう?と思ったが、もしかして「立席は禁止」とHPに注意事項が書かれていたのかもしれない。スタンディングで聴けないことに少々残念になりながら、僕も着席スタイルで観賞していた。スペアザの音楽は体が自然に踊り出すものが多い。曲のリズムに乗りながら、ダンスをするのがとても心地よいんだけどな。まあ、ライブを味わえるだけでも有り難いと思うしかない。

そう思っていたら、三曲目に入る前に、スペアザの芹澤さんから「適切な距離を保てば立って聴くのも大丈夫ですよ」とみんなに呼びかけてくれた。僕らは待ってましたと言わんばかりに、すくっと立ち上がり、スペアザの音楽を浴びるのに一番いいスタイルで聴くことができるようになった。

9月の下旬に差し掛かるこの日は、残暑厳しい暑さもどこかに消え、適度な風が吹き、とても心地いい会場になっていた。

5月にリリースされたアルバムのタイトルチューンである「WAVE」が流れたあたりから、僕のテンションは最高潮に上がっていく。ほんとに音楽はいいものだ。自粛期間のあいだ、テレワークになっているあいだ、音楽は日々の生活のお供だったけど、やっぱり外で、生演奏で、オーディエンスとともに聴くことはとても素晴らしいものだと胸がジーンとなった。

スペアザの一・二を争う人気曲「AIMS」と「Laurentech」が立て続けに流れる。僕はかれこれ9年くらい彼らのライブに通っているけど、この2曲が一度のライブで同時に演奏されるのは珍しいことで、おそらくこの日この場にいたほとんどの観客は興奮したことだと思う。この状況でライブができたこと、この状況で大勢の観客が駆けつけてくれたこと。そうしたことに対する、スペアザからの感謝の気持ちのようなものを僕は受け取った。

そしてアンコールは絶対にこれしかないだろうと思っていた「Ben」。この曲のほかにアンコールにふさわしい曲を僕は知らない。

夕陽が沈み、夜の帳が下りる中、エンディングにふさわしい曲がはじまった。この曲は前半と後半で構成ががらりと変わる。前半は、ジャズセッションのように四人のメンバーが各々楽器を高度な次元でセッションし合う。 ギター、キーボード、ベース、ドラム、それぞれの楽器が、決められたコードから外れながらも、絶妙に絡み合っていく。

そして後半。ドラムの宮原さんの素晴らしいソロ(ドラムだけで聴かせるってすごいと思いませんか?)から、ベースの又吉さんがここしかない間で入り込み、そして、キーボードの芹澤さん、ギターの柳下さんが再び揃うと、物語のクライマックスかのように曲のテンションは一気に上がり、観客のボルテージも最高潮に達する。ほぼ全員が立ち上がり、手を振りかざし、飛び跳ね、気持ちよさそうに踊っている。僕も多幸感の最先端にいるかのように、胸を高鳴らせ、彼らの最高の音楽を全身で浴び、体から喜びを発していた。

今日のライブはセットリストといい、彼らのプレイといい、会場の環境といい、これまでに行ったライブの中でも、ベスト3に入るくらいに感激したものだった。

行ってよかった。ほんとに。コロナ禍の世界にも、音楽は必要だと全身で感じることができた。こういう多幸感あふれる時間は他のものではなかなか味わえない。むしろ、音楽以外にちょっと思い浮かばない。

音楽はとうの昔に恋に落ちていたけれど、今日また心を撃ち抜かれてしまった。

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公園と女子高生のトロンボーン

夏の終わりの日曜日の昼下がり。公園の隅の木陰の下で、女子高生がトロンボーンを吹いていた。お世辞にも上手いとは思えなかったけど、失敗したフレーズを何度も繰り返したり、難しそうなフレーズを吹けるまで練習したり、強い熱量をひしひしと感じとることができた。

もしかしたら、吹奏楽部の強豪校で、レギュラーメンバーに選ばれるために必死に練習しているのかもしれない。あるいは、弱小校のキャプテンで、部を率いる責任感から、お手本となるように自主練習をしているのかもしれない。

いずれにしても、夏の暑い日に、制服を着て懸命に汗を流している彼女の姿はとても美しかった。

美しいメロディーを吹けないからといって、彼女を下手に思ったり、笑ったりすることは決してない。むしろ、部活以外の自分の時間を削って、自分のスキルを高めようとする姿勢に、僕は少し目頭が熱くなってしまった。こういう陰の努力というものに、僕は妙に弱く、涙腺が緩んでしまう。

女子高生が一人、木陰の下で吹きつづけるあの姿を、僕はしばらく忘れそうにない。

ロックな人とは。

セブンイレブンでアイスを物色していると店内に入ってきた一人の男に目を奪われた。黒の革ジャンに革パンツスタイルで、ウォレットチェーンをぶら下げ、靴はおきまりのようにブラックブーツを履いている。絵に描いたようなロックシンガーの格好をした人だ。上から下まで全身を眺めても素肌の部分がほとんど見えない。おいおい、季節は今、夏のはずなんだけど。と思ったけれど、ロックシンガーは涼しい顔をしておにぎりやサンドイッチを選んでいた。

アイスを買って外に出る。直前の雨の影響もあって空気はじとじとしている。不快な湿気が僕の身にまとわりついてくる。粘っこいイヤな空気だ。風も吹いていない。天気アプリを開くと気温は25度と出た。半袖でさえ、脱ぎ出したくなるくらい暑い。

ロックシンガーもビニール袋をぶら下げてコンビニから出てきた。相変わらず涼しい顔をして小気味のいいステップを踏みながら、あっという間に僕を追い越して街中に消えていった。

ロックとは何だろうか。
ある人は生き方だと言う。大きな組織ややり手の戦略家に巧妙に仕立て上げらながらステージに上がるのではなく、自分たちのやりたい音楽をやりたいスタイルを貫いていく姿勢のことだと言う。

僕は音楽をわりとよく聞くほうだし、個人的に親しみを持っている分野だがロックについて問われると答えに窮する。でも、僕は半袖の格好でさえ息苦しい日に、己のスタイルを貫いているその男の姿を見て「ロックだ」と思ってしまった。

大勢の意見に耳を貸さないどころか、地球環境にさえ、自分のスタイルを曲げさせない。音楽においても、ファッションにおいても、つまり、個人が表現できる全てにおいて自分のスタイルを誇示し、簡単には折れない。そういう人をロックと呼ぶのかもしれない。僕は夏の日の彼の姿を見て、ロックというもの、頭ではなく、心で理解した気がした。

SPECIAL OTHERS HALL TOUR2019 QUTIMA Ver.25

2019年3月17日、日曜日の午後2時過ぎ、僕は横浜のみなとみらいにある神奈川県民ホールに訪れていた。SPECIAL OTHERS(通称スペアザ)のライブがこのホールで行なわれるからである。僕はチケットを購入した昨年末から、夜の海辺で流れ星を待つ少年のようにこの日を心待ちにしていたのだ。

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SPECIAL OTHERSというアーティストは、僕の人生にとってなくてはならない存在である(誇張表現の意図は少しもない)。彼らのほかにも、愛するアーティストはいるけれど、これまで生きてきた時間の中でいちばん深く付き合っているアーティストはSPECIAL OTHERSのほかにいない。仕事の日の朝、気分が乗らないときはスペアザの「Good Luck」を聴いて通勤するし、仕事中、いまいち思考が働かないときは「AIMS」を再生して小気味のいいビートを頭に流し、思考のエンジンを点火させている。金曜日の帰り道は「Uncle John」や「Ben」を聴いて、幸福度を増幅させ、心躍る週末へ自分を誘う。頑張りたいとき、元気になりたいとき、落ち込んでいるとき、泣きたいとき、どんな精神状態に陥ってもスペアザが助けてくれたり、背中を押してくれる。僕の人生は彼らの音楽に支えられているといっても過言ではない。だから、そんな彼らの音楽が再生プレイヤーを通さずに、直に聴けるライブの日は一年でいちばん幸せな日だと思っているし、実際、濃厚な多幸感に満ち溢れる日なのだ。

「スペアザのグッズはセンスがいい」と音楽好きの友人から言われたことがある。その言葉には僕も同感で、Tシャツをはじめ、彼らのアーティストグッズはデザイン性の高いものが多く、ライブに参戦するたびにいろんなグッズに手が伸びてしまう。今日もご多分に洩れず、ツアーTシャツを手に入れてしまった。これまでに購入したものを含めるとぜんぶで10着くらいTシャツを持っているが、コレクションとして集めているわけではなく、半分くらいは、ちゃんと現役のシャツとして主に夏のシーズンに活躍している(残りの半分は寝間着)。純粋に夏着としてセンスのいいシャツを身に纏いたいという自己陶酔もあるが、彼らの名前が印字されたツアーTシャツを着て街を歩くことで少しでもスペアザの存在を知ってもらいたいという気持ちもちょっとある。

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開場するまで約2時間の空き時間があったので横浜の街を散策する。なんど来ても、魅了されますね、横浜は。港町ならではの海と連なった都市景観に、広い空。歩いているときに頬をなでる海風も心地よく、山下公園から赤レンガ倉庫までの道のりは僕の中では指折りの散歩道だと思っています。が、そうはいっても、2時間という待ち時間を散歩だけでつぶせるわけではないので、喫茶店に入ってその時を待った。

 

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16時45分、開場。全席指定席のため、いの一番に入場して席をとる必要はないのだが、まあ、ほかにすることもなかったし、スペアザの空気に早く触れたい気持ちも少なからずあったので、開場時間ぴったりに足を運んだ。

ステージには、向かって右側から、宮原さんのドラム、又吉さんのベース、柳下さんのギター、芹澤さんのキーボードが青白いライトに薄く照らされて鎮座している。いつもと変わらない風景だ。嵐の前の静けさのようなライブ前の独特の空気がそこはかとなく会場中に漂い、僕を含めた多くのファンが今か今かと目をときめかせて待っている。

 

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僕はステージ正面の真向かいに立ち、写真を撮る。当然ながらライブが始まると撮影することはできないので、この日のライブを記憶以外の方法で残しておくとしたら、いま、この瞬間しかないのだ。

僕の席はかなり前のほうでステージから近かった。ライブハウスの場合は、前目のほうだと人でぎゅうぎゅうに混み合い、ゆっくり聴けないのでいつもそのスペースには参戦しないことにしている。でも、指定席の場合は、そういう人混みが発生することもないので前列の方でもゆとりをもちながら、ライブを楽しむことができる。近くを通りがかった人は「この辺だったら、もっと楽しめそう」と口にしていた。いい席取れました。すみません。

 

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17時半過ぎ、おなじみの登場SE(Traditional lullaby - used as a work chant for fishing)とともにSPECIAL OTHERSの4人が舞台袖から参上。観客席のいたるところから、拍手や指笛が鳴り響き、彼らを迎え入れる。それぞれの定位置に立った4人の面々は、楽器の調子を確認するように音を鳴らしはじめる。みんな自由演技に奏でているようで、即興ジャズのように4人が合致したメロディーを奏でている瞬間もある。なにかの記事で、「こういう瞬間に次の曲のとっかかりが生まれたりするんです」と読んだことがある。つまり、この音鳴らしの瞬間は曲作りの一環でもあるということですね。そう意識すると、うかうかと聞き逃すことはできない。神経を耳に集中する。

そして、陸上の助走期間のようにある程度体が温まった状態になると、一呼吸の静寂をおいて演奏が始まった。SPECIAL OTHERS HALL TOUR2019 QUTIMA Ver.25 (THE HALL)の開演である!

本日のセットリストは「twilight」「Comboy」「Tomorrow」「Aului」「beautiful world」「Good morning」「PB」「Puzzle(新曲)」。en(アンコール)「Uncle John」というものであった。ファンの方なら一目瞭然だと思いますが、スペアザの中ではわりとマイナーの曲が多めのセトリだ。メジャーどころな曲でいえば「PB」「Good morning」「Uncle John」で、もっともファンが聴きたがっている(と思われる)「Laurentech」と「AIMS」はやらなかった。これが僕をいささか失望させた。とくに「AIMS」を演奏しなかったことについてひどく落胆した。僕の記憶が正しければ、ここ3年間は(東京・横浜の)ライブツアーで「AIMS」は演奏していない。今日こそは、と過度の期待をしていたが、空振りにおわってしまった。僕にとってスペアザのライブで「AIMS」がないということは、星野源のライブでいう「恋」を、MONGOL800のライブでいう「小さな恋の歌」を、Suchmosのライブでいう「STAY TUNE」を聴けないことと同義である。それくらい、スペアザのスタンダード・ナンバーである「AIMS」は、どうしてもライブで聴きたい曲なのだ。もしかしたらメンバーの考えとしては、フェスのような一見さんのいるライブでは、「AIMS」を筆頭にメジャーな打線をそろえた選曲にし、ツアーでは、ファンの懐の広さに甘えて攻めたセットリストにしているのかもしれない(そういう意図はないと思いたいたいけれど)。でももしそうであるならば、これだけは言いたい。ファンだって(少なくとも僕は)メジャー打線のセットリストにしてほしい。だって、たぶん、多くのファンはそれらの曲に惹かれてSPECIAL OTHERSのファンになったのだから。それを聴きたくてライブに行っているのだから。2013年に日本武道館でライブしたときのセットリストは歓喜踊躍ものであった。2009年の日比谷野外音楽堂のセットリストも狂喜乱舞である。僕はそういうライブをまた体験したい。これは、ファンのわがままな要望なのかもしれない。彼らにしてみたって、いつもいつも定番曲ばかり演奏していたら、そのうち飽きがきてしまうだろう。むしろ、その結果、昨今のようなセットリストになっているのかもしれない。それでも、そろそろライブで「AIMS」が聴きたいです。

というわけで、去年の日比谷野音にひきつづき、(僕にとっては)消化不良感が拭えないライブであった。もちろん演奏自体は素晴らしいものである。しかし、それは寿司屋のネタでいう赤貝やミル貝の出来が素晴らしく美味しい、というのと同じようなことで、僕としては、サーモンもマグロもブリも味わいたい。スペアザのスタンダード・ナンバーを揃えたベストアルバム集のようなライブを味わいたい。

 

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シーソーゲーム 〜勇敢な”変”の歌〜

あれは確か僕が小学6年生の修学旅行のときのことだった。栃木の日光にバスで向かう途中、車内ではクラス全員でヒット曲を歌うカラオケ大会のようなイベントが催されていた。歌の選曲はサザンオールスターズ、Mr.Children、スピッツ、SMAP、globe、安室奈美恵と当時(現在でも)のヒットメーカーがずらりと並んだラインナップである。その有名アーティストの数々の名曲を叫ぶように僕たちは楽しく歌っていた。先生としても子どもたちに楽しんでもらう目的のほかにバスの時間を飽きさせず、好き勝手に騒がせない意図もあったと思う。その狙いは成功していた。夢中になって僕らは歌っている。ただ、いくら大ヒット曲とはいえ、んーんんー、と鼻唄にならず、どうして淀みなく歌えたのかというとみんなの手元に歌詞カードが配られていたからだ。それはクラスの子が手書きで作ったものだった(もちろん原本をコピーして配られた)。

事件はMr.Childrenの「シーソーゲーム ~勇敢な恋の歌~」が流れた時に起こる。ファンの方はご存知だと思いますが、タイトルに「恋」という文字が含まれていることからもわかる通り、この曲は歌詞に「恋」という言葉がたびたび出現する。そして僕たちに配られた歌詞は、「恋」という部分が押し並べて「変」になっていた。「勇敢な恋の歌」という部分は「勇敢な”変”の歌」という具合に。「恋なんて言わばエゴとエゴのシーソーゲーム」は「”変”なんて言わばエゴとエゴのシーソーゲーム」と書き換えられていた。もちろん意図的にではなく。

当時小学生だった僕たちは、この歌詞に湧いた。男の子も女の子も関係なく大声を出して笑った。「恋(変)」というフレーズが出てくるたびに車内が揺れるくらいの笑いが生まれた。大人になると大して面白くないことも小学生はそういう些細な間違いが大好物だ。僕も腹を抱えて笑っていた。それから「歌詞を書いたの誰だー?」と犯人探しのようなことが起き始めた。僕は窓際の席に座っていたTさんがうつむいて恥ずかしそうに顔を赤らめているのを見た。みんなが騒いでいる中、Tさんだけは早く曲が終わりますようにと祈るような顔で下を向いていた。彼女が書いたのだろう、とすぐにわかった。

彼女はみんなを笑わせたくてわざと間違えたわけではない。本当はみんなに歌ってほしくて、楽しんでほしくて、授業外の時間を使って、一所懸命に歌詞を書いたのだと思う。大人になった今ならわかることも、子どもの頃に、書いた人の気持ちを汲み取ることなんてできるわけがなく、車内中に響く笑いは切れ味の鋭いナイフとなって彼女の心を切り裂いた。みんなが笑うたびに彼女は傷ついていく。僕も笑っていたけれど、Tさんの姿を見ていたら、心から笑うことができなくなっていた。

小学校の頃の記憶なんて、流れる雲のようにどこかに消え去ってしまったが、これは何十年たっても忘れられない出来事です。僕はこの時、笑うことで人を傷つけることがあると学んだような気がします。

音が歌っている。【SPECIAL OTHERS ACOUSTIC @上野恩賜公園野外ステージ】

上野公園の野外ステージに到着すると、グッズの待列ができていた。僕もいそいそとその列に加わる。販売開始の時刻になるまであと一時間。水道の蛇口を思い切りひねったような陽光が降り注ぐ。蝉が、今日は一段と暑いぜ!と叫ぶように大きな声で鳴いている。まもなくして背中越しに汗が激しく落ちはじめる。炎天下の中、じっと待つのは辛い。が、8年以上、ファンを続けているアーティストのグッズなので(しかも、欲しいものがあった)、そこはぐっとこらえる。ディズニーランドや、人気のラーメン店を見ていても思うのだけど、人は好きなものに対しては、他人からしたら異常だと思える試練(たとえば行列待ち)も、平気で乗り越えてしまう。そういうのをきっと愛と呼ぶのだろう。
8月25日。午後12時。35.1度。カラスがカーカーと、蝉がミンミンと鳴いている。

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あと4時間後にSPECIAL OTHERS ACOUSTICのライブが始まる。少しややこしいのですが、彼らはふだんはSPECIAL OTHERSというバンド名で活動している。ギター、ベース、ドラム、キーボードの四人編成バンドで、ボーカルはいない。インストゥルメンタルバンドで、ポストロックや、ジャズバンドなどと評されることもある。曲によっては、歌声が入ることもあるけれど、それは歌というよりも、声という楽器を活用している感じだ。認知度で言えば、あまり大勢の人には知られていないかもしれませんが、日本武道館をソールドアウトしているくらいには人気がある。また、彼らの音楽は野外ライブと相性がよく、ひんぱんにフェスに呼ばれ、FUJI ROCK'16ではFIELD OF HEAVENのヘッドライナーも務めている。フェスバンドとも呼ばれるくらい、フェスに顔を出すことが多い。

僕はそんなSPECIAL OTHERSの大のつくファンです。彼らを初めて知った2011年の夏からずっと追いかけていて、関東近郊でライブやフェスがあればいそいそと訪れるし、ほぼ毎日、彼らの曲を聴きながら通勤している。僕の人生のエネルギー源といっても決して過言ではない。それくらい、僕にとっては大切なバンドです。今日はそんなスペアザ(略称)のアコースティックバージョンであるSPECIAL OTHERS ACOUSTICのライブが行われる日であった。

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入場開始の一時間前になり、会場に入る。上野の野外ステージは日比谷の野音と違い、屋根があるので、日光を燦々と浴びることはないので助かる。が、東京ドームみたいに隙間なく屋根があるわけではなく、両サイドは空いているため、そこから射し込む西日がなかなか辛い(ドラムの宮原さんのMCでわかったことだけど、通常は日光を遮る巨大カーテンのようなものがあるらしいのだが、この日は故障により使えなかった)。

タオルを頭に巻いて陽射しをカットするが、それでもレーザービームのような真夏の強い光線はしんどい。影一つない山道を歩いているときのようだ。座っているだけなのに体力が消耗していく。スマホをいじってるだけで、スマホが猛烈な熱を帯びる。まるでフライパンで熱したように。

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16時を回り、メンバーが拍手を浴びながら登場。それぞれが楽器の調子を整えるように音を鳴らす。そして静寂の間が一瞬起きた後、曲に入る。うおー!とか、ヒュー!と、観客の声が響く。僕にとって一年でいちばん幸せな時間が始まった。

彼らの奏でる音楽はいつも優しい。そして、楽しい。体が勝手に揺れてしまう。楽曲に合わせて自然に体がリズムを取る。日は暮れはじめ、暑さは和らぎ、ステキな音楽が鳴り響く。アコースティックという名前が付くとおり、グロッケンとかピアニカとか、普通のバンドが使わない楽器を使って、心動く音楽を奏でている。

「音が歌っている」

それは彼らのライブに行くといつも思うことだった。歌声という楽器を用いない代わりに、ギターやドラムやベースやピアニカから弾き出る音が歌っている。音に意志が宿ったみたいに一音一音が楽しそうに踊っている。その音に呼応するようにオーディエンスの心も揺れていく。その素晴らしい音楽に包まれた時間がひどく愛おしくなる。気がつけば、終演の時間に差し掛かっていた。

アンコールで「wait for the sun」の演奏が始まる。SPECIAL OTHERS ACOUSTICの中でいちばん好きな曲だ。星空と焚き火とともに聞きたくなるような、自然味溢れるとても優しい曲だ。いつまでも聞いていたい。この時間が永久につづけばいいのにと思う。演奏が終わり、メンバーがステージの前に立って拍手を一身に浴びていた。僕も力を込めた拍手をしていた。帰り道の西日がひどく美しかった。

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